3月のライオン(夢)
□藤本18
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「す、すみません」
「いや、俺たちの方こそ、すみませんでした」
部屋に戻り、さっきまであんなに騒いでいたのが嘘のように静かになってしまったみんなに謝ると、みんなからもすみませんと謝られる。
「すごい、威圧だったな」
「ああ」
「普段からあんな感じ?」
「は、はい。割と」
「苦労するわよ、あれは」
先輩がそう言ってグラスに口を付けるが、私は苦笑してしまった。
「あまりそうは思っていませんけどね」
「だってあの冷めた目見た!?絶対亭主関白になるじゃない!!」
こっちの自由なんて一切なくなるわよと言われるが、私は首を傾げてしまう。
「そうでしょうか」
「そうでしょ!?」
「今ならまだ間に合いますよ!」
みんなが結婚をもう一度考えた方がいいと迫って来るが、
「あれは、分かりにくいですけど優しさでもあるんですよ」
雷堂くんたちが仲居さんに案内されて行く時、一瞬だけ目が合った。
中学の時からそうだった。
目が合うと、それがたとえ一瞬であってもなぜそう言ったのかが分かった。
ただ、言葉がストレート過ぎて反感を買ってしまうのは彼の持ち味と言うかなんというか。
そう説明をしていると、
「さすが和子ちゃん!よく分かってるじゃねぇか!」
スパーンと襖があいて神宮司さんが入って来た。
「?!」
「いや〜、あいつがあんな言い方したからどうなってるかと思って見に来たんだが、」
さすがよく分かってると、私の前に来て機嫌良さそうに肩を叩いて来る。
「で、物は相談なんだが、藤本とはどうやって結婚にまで至ったんだ?」
「え?」
「あいつなかなか口を割らなくてな!どんなに酔わせてもそれだけは言わねぇんだよ」
連日午前様だったのはそう言う事かと苦笑する私に、神宮司さんとなぜかみんなも近づいて来た。
「中学からの同級生って聞いたが、」
「はい」
「じゃぁそん時から付き合ってたの?!」
「いいえ」
「じゃぁ高校か。高校も同じだったんだよな?」
「はい。ですがその時も付き合ってはいませんでした」
質問に答えているとまた襖が勢いよく開き、
「神宮司さん、部屋を間違えてますよ」
鋭い目を更に鋭くした雷堂くんが黒い影と、ゴゴゴゴッという効果音と共に現れた。
私の後ろで、近づいてきていたみんなが遠ざかって行くのを感じる。
「お前が口を割らないのが悪い!」
「何を言ってるんですか」
「徳ちゃん、こいつ勘づくの早い」
サクサクここまで来ちまったと、雷堂くんの後ろから笑いながらやって来た柳原さん。
「もう少しだったのによぉ」
「大丈夫ですよ。あまり話しませんから」
「ほほう、和子ちゃんは本当によくこいつの事が分かってるな」
実は和子ちゃんから結婚するって言いだしたのか?と、楽しそうに聞いて来る神宮司さん。
それには笑って、ご想像にお任せしますと言っておく。
「藤本!絶対逃すなよ!お前みたいな奴をここまで分かってくれる子早々いないぞ!」
「分かりましたから、戻ってください」
「どうせなら和子ちゃんも来るか?」
「お前よりも答えてくれそうだ」
「やめてください」
「私は、ご遠慮します」
今日はみんなが自分の為に集まってくれた席なのだと説明し、誘ってくれた二人に頭を下げる。
「藤本!もう今日は和子ちゃんについて惚気ろ!」
「なんでそうなるんですか」
「和子ちゃんの話なら安心して聞いてられる!」
「それは、私が恥ずかしいので」
雷堂くんが私について語るなんて、内容はどうあれ恥ずかしすぎる。
「・・・」
「・・・」
「?」
なぜか黙る神宮寺さんと柳原さん。
そして、わたしの後ろに居る雷堂くんを見て、ゆっくりと目を見開いて行く。
「「藤本〜!!」」
二人はそう叫んで、雷堂くんの首に腕を回したり頭を掴んだりしてもみくちゃにし始めた。
「お前!そう言う事か!!」
「憎いね〜!!」
「・・・」
「あの、あのっ」
雷堂くんから醸し出されていく雰囲気がどんどん黒くなっていく。
部署のみんなはもう壁際によってこちらの様子をうかがっていた。
「悪いね和子ちゃん!こいつの事今日も借りるよ!」
「お手柔らかに、お願いします」
顔色の優れない、というか黒い影を背負っている雷堂くんを見ながら部屋を出て行く三人を見送った。
「た、大変みたいね」
「そうですね」
明日はぐったりですねと笑って、その日はお開きとなった。
後日、私が退社する日。
雷堂くんに手渡されたのは神宮寺さんと柳原さんのサインが書かれた扇子。
「これ、」
「部長は本当に将棋が好きなんだろ?」
結婚式でスピーチをしてもらう事になっているのだからと言われ、嬉しい気持ちのままお礼を言った。
そして、最後の出勤をして、雷堂くんからもらった扇子を部長へ渡す。
「こここれ!!」
「部長の事を話したのを覚えていてくれたみたいで」
彼なりのお礼ですと笑う。
「結婚式のスピーチ、受けてくださったのが嬉しかったんですね」
「あれで!?」
「嬉しかったのにあんな言い方するの?!」
「あの場に部長がいるとも思わなかったんじゃないでしょうか」
私もそんな話はしていませんでしたからと、藤本雷堂は恐ろしいとインプットされてしまったみんなに苦笑する。
「優しい人なんですよ」
分かりにくいけれどと、最後の勤務を終えた。