3月のライオン(夢)

□藤本12
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『でね!お父さんったらすっかり和子さんの事気に入ったみたいで』

なぜか知らんが、最近やたらと母さんから電話がかかってくる。
それも、内容はいつも和子の事。

『私もまた会いたいし、今度は泊まりに来てもらったら?』
「あいつも今は忙しいだろ」

入社して数ヶ月。
忙しそうにしながらも週末にはここに来て家事やら弁当やらを持って来る姿を思い出して言えば、

『そうよねぇ、まぁ、無理にならない程度に誘ってみて?』

ガチャリと終わる通話。何なんだいったい。先月届いた眼鏡を外し、風呂に入る為に部屋を出る。

湯につかりながら、前に一度家に連れて行った時の事を思い出した。

母さんが和子を気に入るのは最初から分かっていた。だが、父さんまであんなに気に入るとは。
いや、兄弟たちに受け入れられるとは思わなかった。
雲我は元々人懐っこい所があるから予想はついていたが、

「・・・」

口数少ないあの父さんが、あんなに分かり易く気に入るとは思わなかった。


週末、和子が来たので先日のやり取りを話したら、

「来月の連休で良いですか?」

今度は泊まりですかと慌てていたが、すぐに頷いていた。
目の前で和子が慌てても、俺は盤から顔を上げなかった。

「お前、爺さんと打ってるのか?」
「え、はい。お父さんがまだ拗ねているので」

「そうか」

どうしてですかと聞かれ、ついさっき指した和子の駒を見る。

「いつもと違う手で来ただろ」

普段なら俺の攻撃をかわすために逃げるのに、踏みとどまって守りを固めた。
それについて言えば、

「実は、部長が将棋好きなんです」

入社の挨拶の時に趣味は料理と将棋ですと言ったら声をかけられたのだと言う。

「それで、休憩時間によく相手をさせられるようになりました」

仕事場にあるテレビでも、いつも将棋を見ているから女性社員や将棋に興味のない社員には陰口をたたかれていると、苦笑しながら話す。

「でもそのおかげで、雷堂くんが解説しているのが見られたので」

私としては嬉しいですと言う和子の固くなった守りを崩すために駒を進めた。

「あ」

それは、勝敗を決める一手を撃たれた時に和子が上げる声。

「負けました」

今日も勝てませんでしたと苦笑している顔を引き寄せてキスをする。

「、あの」
「なんだ」

「感想戦は」
「後でする」

「、はい」

余裕なんかないくせに、それでも返事をひねり出してきた。
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