3月のライオン(夢)

□藤本10
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夏が終わる頃、私の就職は結構あっけなく決まった。

まだ受験が終わっていないみんなには悪いが、肩の荷がおりて嬉しかった。

冬休みが終わり、私たちの卒業ももうすぐだ。

「委員会の仕事も、今週いっぱいです」
「そうか」

この図書室で雷堂くんと将棋を指すのも、後三日だけ。

お昼休みが終わるギリギリまで対局をして、図書室の鍵を閉める為片付けを始める。

駒を片付け、盤も畳んで雷堂くんの鞄にしまわれた。

「じゃぁ先に、」

言葉が途中で途切れたのは、顔を上げた時口に何かがあたったから。
あたっている柔らかい物が何か理解するまで時間がかかった。

「先に行ってる」

瞬きもできない程驚いている私に、そう一言残して図書室を出て行った雷堂くん。

ガラガラと開けられて閉まる戸の音を聞き、意味が分からないと思った。

私と雷堂くんは付き合っていない。
毎日一緒に将棋を打っているだけの同級生だ。

なのに、なぜ今キスをされたのだろうか。

もしかして私が忘れているだけで付き合っていたのだろうか。
いや、それはない。

ならなぜ?

混乱する頭のまま家へ帰り、次の日は普通に登校した。



「和子、相手をしてくれ」
「はい」

この三年間で定位置となった席へ座って向かい合う。

パチパチと駒の音だけが響く図書室。

(なんで?)

いつもは少ないながらに会話をするのに、今日は一言も話さず無言で将棋を指していた。

予鈴が鳴り、静かに駒を片付ける。
駒と盤が雷堂くんの鞄に入れられたのを確認して立ち上がると、

「、」

昨日のように口を塞がれた。

「な、んで・・・」

その一言を絞り出したが、またキスされて、

「明日もいろよ」

私の質問には答えず、それだけ言って図書室を出て行った。

この日も、私の頭は混乱したままだった。


次の日、私が委員として図書室に来る最後の日。

「和子、相手をしてくれ」

いつものように雷堂くんが来てそう言った。でも、私はすぐに返事が出来なかった。

「、あの」

どうしてキスなんかするんですか。
その質問をしたいのに、口からは中々出てくれない。

受付室から出てこない私を見て、雷堂くんが歩き出す。

そして、私の隣にある扉が開けられた。

雷堂くんが中に入って来て、カウンターに鞄を置くと座っている私にキスをしてくる。抵抗してもびくともしない。

顔が離れて、目が合った。

「わ、たしたち、付き合ってないですよね?」
「ああ」

「じゃ、」

なんで?目を見て聞けば、ポケットに手を入れ、その手に握っていた物を渡された。

「お前にその気があるなら、来い」

それだけ言って鞄を持ち、受付室を、図書室を出て行った。

私の手の中にあるのは、ノートの切れ端と一つの鍵。

ノートの切れ端には、どこかの住所が書かれているだけだった。

それから卒業するまで、雷堂くんとは会わなかった。
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