3月のライオン(夢)
□藤本9
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高校二年生の修学旅行。雷堂くんは不参加だった。
私は対局があるからだとすぐに分かったけれど、雷堂くんがプロの棋士だと知っている人はとても少ないようだった。
「これ、広島のお土産です」
お菓子の入った箱を差し出すと、受け取って箱を見つめる。
「平和の鐘の写真もありますけど、」
「いらない」
「ですね」
箱を鞄にしまって、駒を並べだす。
今日も図書室は誰もいない。
「対局がどうだったか、聞いても良いですか?」
「八勝した」
「え、」
パチッと、歩を動かした雷堂くんを凝視して手を止める。
「じゃ、じゃぁC1に、昇格ですか?」
「ああ」
何でもないように頷くのは、彼にとってそれが取るに足らない事だからだろうか。
それとも、目指すべき名人までの通過点だからなのか。どちらにしても、
「すごいっ、おめでとうございます!」
私にとってはとても喜ばしい事だった。
「・・・ああ」
「すごいですね!プロになって一年くらいしかたってないのに!」
すごいすごいと連呼すれば、目を反らしながら腕を組む。
「なんでお前がそんなに喜んでるんだ。いいから早く指せ」
「あ、はい」
慌てて駒を進め、チラリと雷堂くんの顔を見る。心なしか、いつもより怖い顔をしていた。
目元が少し明らんでいて怒っているようにも見える。けれど、
(可愛い)
毎日のように将棋を指し、向い合っているからこそ分かる。これは照れているのだ。
「雷堂くんはすごいですね」
「何がだ」
「私たちが普通に学生してる時に大人に混ざって戦って」
そして勝つなんて。
私には考えられない生き方で、世界だ。
「本当に、雷堂くんはすごいです」
「・・・何回すごいって言うんだ」
「語彙力が無いので、そこは目をつむってください」
苦笑すれば、一瞬目が合った。けれど、その目はすぐに盤へ戻って、
「今度、また弁当を作れ」
「はい」
ぶっきらぼうな言葉が、照れ隠しだと分かる。
不機嫌そうに見えるけど、私にはどうしても可愛いと映ってしまう。
「羊羹とゼリーならどっちがいいですか?」
「両方」
「分かりました」
お弁当と一緒に作りますねと言って、私も顔を盤へ向けた。