3月のライオン(夢)
□藤本5
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「それじゃぁ、行ってくるわね」
「家の事は任せたぞ」
急な不幸があったと両親が出かけて行った。
「ッチ」
やっと三段リーグまで到達したと言うのに、大切な対局が終わるまで帰ってこないらしい。
うちは男四人兄弟で、料理ができる者はいない。
今度の対局は出前しかないかと舌打ちをすれば、
「こういう時、彼女が居れば弁当作ってもらえんのにな」
二番目の兄が自慢げに鼻を鳴らした。俺はどうもこの兄が好かない。
「コラッ、なんなら俺が作ってやろうか?」
「いらん、対局中に倒れるのはごめんだ」
「せっかくの人の好意を!」
一番上の兄が二番目をこずき、弁当を作ると名乗り出たが、この兄の作った料理はもはや料理ではない。
なので悩むことなく断った。
「雷兄は今受験だもんな。クラスの女子に頼むのは無理そうだし、」
自分で頑張ってと三つ下の弟に言われ、一人の顔が浮かぶ。
受験の影響をさほど受けておらず、一日くらいなら、いや、半日くらいなら時間を別の事に使っても支障なさそうな奴。
立ち上がり、居間を出る。将棋の勉強でもするのだろうと、誰もそれを不審に思わなかった。
廊下に置いてある電話に手を伸ばし、連絡網を見て電話を架ける。
『はい』
電話越しに聞こえた声に、すぐに和子だと分かった。
「藤本雷堂だ」
『雷堂くん?どうしたんですか?』
「お前は料理ができるか?」
『えっと、普通くらい、には?』
「今度三段リーグの対局がある。だが今家には両親が居ない」
急に用が出来て二人とも出かけてしまったと言えば、
『三段リーグって、プロになる手前のですか!?』
「ああ」
驚いているらしい和子の声が耳元で鳴っても、うるさいとは思わなかった。
「対局は一日かかる。だから弁当を頼みたい」
『責任重大っ、わ、わかりました!何時ごろ持って行けばいいですか?』
「12時に将棋会館まで」
電話を切ろうとした時、
『応援してますね』
プロになれば名人へ大きく近づけるからと言われ、受話器を置いた。