3月のライオン(夢)
□藤本3
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中学校最後の年、私は雷堂くんと同じクラスになった。
「修学旅行楽しみだな!」
浮足立つクラス。私と雷堂くんは同じ班だ。
「ねぇ和子。資料ってこれで足りると思う?」
「お前こういうの得意だろ?」
「ごめーん!その冊子終わったら集めてくれる?」
「和子、」
「おい」
みんなでしおりを作っている時、雷堂くんの声が響いた。
「お前らはそんな事も自分で出来ない程無能なのか」
みんなの目が雷堂くんに向けられる。私たちの班だけじゃない。
クラス中から。
「自由行動で自分が行きたい所さえ調べられないとは、別に行きたくないという事か?なら修学旅行自体行かなくていいだろ」
雷堂くんはいつも堂々と自分の意見を口にする。
「それとも行きたい所が無いのか?なら俺の行きたい場所を優先させろ」
その日大阪で新人戦があるから見たいと言い切る雷堂くんの目は本気で、将棋にさして興味のないみんなは慌てて京都のパンフレットを見つめだす。
そんなみんなを見て、不服そうな顔をした雷堂くんだったけど、
「、」
眼が合った時、直感的に分かってしまった。
“頼りにしてる”という言葉と、面倒な仕事はしたくないという気持ちが半々くらいで、言い方は悪いが私に仕事を押し付けていたみんな。
それを止めさせてくれた雷堂くん。
彼は我が強くて敵を作りやすいけれど、こういう所があるから、みんな彼を嫌いにならないんだろう。
修学旅行中、雷堂くんはしおりを開かなかった。
みんなで調べた事やこれからの行動とかが書かれているのに。
「雷堂くんって、記憶力が良いんですね」
「なんだいきなり」
奈良公園で鹿に餌をあげているみんなを見ながら、さっき買った紅葉まんじゅうを食べている雷堂くん。
それってお土産じゃないのかなと思いながら首を傾げれば、みんなを見ていた鋭い目を私に向けて来た。
「しおり、全然開いてないのに、次に何をするのか分かってるみたいだから」
「あんなもの、一度見れば十分だ」
「そうなんですか」
「・・・なんでいつも俺には敬語なんだ」
他の奴らにはタメ口だろと聞かれ、そう言えばどうしてだろうと考える。
「・・・すごいって、思うから?」
「あ?」
同い年だけどそう感じない。学校の先生に敬語を使うのが当たり前みたいな、
「雷堂くんって、将来はプロになりたいんですか?」
「・・・お前、将棋の事が分かるのか」
「おじいちゃんとお父さんが好きなので、少しだけ」
そんな私からすれば、奨励会に入って毎日没頭している事が本当にすごいと思う。
「この前テレビで対局が放送されているのを見たんです」
私の目は、負けた棋士に釘図けになった。
その人は悔しいと言っていて、今にも崩れてしまいそうだったけれどちゃんとインタビゥーに答えていた。
その後に見た勝った人の方が壊れてしまいそうな程疲れていたけれど。
「私はお父さんに負けても悔しいとか、あまり思わないから」
負けても悔しいと思うその人がすごいと素直に思った。いや、棋士たちが、だ。
私の話を聞いていた雷堂くんは、手に持っていた紅葉まんじゅうを口に放り込んだ。そして、
「俺の目標はプロになる事じゃない。名人になる事だ」
それは彼にとってものすごく大きな違いで、譲れないものだったのだろう。
「プロになって満足するような奴らと一緒にするな」
いつも以上に鋭くなった雷堂くんの目に睨まれて、私の体は固くなる。
でも、次の瞬間には弟の顔が浮かんできて笑ってしまった。
「はい」
笑いながら返事をする私に、雷堂くんの顔がしかめられる。
別にバカにした訳じゃないんだと首を振って、鹿に餌を取られたみんなの下へ歩いて行った。
『違うの!そうじゃないの!』
私にはよく分からないこだわりを持ち、時々癇癪を起す弟の和也。
和也のそれとは比べ物にならない力を感じたけれど、
(男の子だなぁ)
なんだか、さっきの雷堂くんはカッコよかった。