短編集(夢)
□北条氏康
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「氏康、着替えろ」
「ああ?」
「これから見合いだ」
「おい、見合いはしねぇと言ったはずだぞ」
煙草をふかしたまま父親を見上げれば、眉間にシワを入れて見下ろして来た。
「見合いをしたがらない理由は出来たのか?」
「だから、俺にはまだ早ぇって」
「早くないと言っただろ。先延ばしにしてどうする」
「・・・」
「婚約だけでもいい、相手が出来ればお前も跡取りとしての自覚が出来るだろ」
ネクタイを締め、糊のきいたスーツに袖を通す父親の背中を見ながら、
「自分の時はどうだったよ」
煙草の灰が、手元から灰皿の上へ落ちていく。
「そうは見えねぇかもしれねぇが、俺にも家を継ぐ覚悟はある」
『ここに嫁いで、本当に幸せでした』
「俺の次の跡取りが心配なら、そう言え。俺に不満があるなら、どこが悪いのか直接言え」
俺からしたらまだまだケツの青い小僧でも、間違いなく俺の親父だ。餓鬼の頃から見てきたその男が、ここ最近はどうも結婚に固執しているように思う。
「何を焦ってる」
こちとら、伊達に二十年以上あんたの息子をしてる訳じゃねぇんだよ。
話しに寄れば、昔から犬猿の仲だった家の娘が俺と結婚したがっているらしい。しかし、親父としては絶対にその娘と俺を結婚させたく無いそうだ。
「ド阿呆ぅ」
んなくだらねぇ事で今まで焦ってたのかとため息を吐く。
「焦りもするだろ!見合いを断る理由を聞いてもろくに答えもしないで!」
そう言って渡して来たのは、その娘について調べた書類。
そんな事までしてたのかと呆れながら目を通して行けば、
「あ?同じ大学か」
「ああ、そこでお前を見て気に入ったそうだ」
「・・・こんな奴いたか?記憶にねぇな」
写真を見ても、同じ大学にいたか思い出せない。
だが、派手な見た目からして俺が興味を持てそうにない女だった。それも、言っちゃなんだが過去の行動からしてろくな女じゃねぇ。
「これのどこに俺が惚れると思ったんだ?」
くだらんと書類を投げて、ソファーに深く腰を下ろす。
「・・・どんな娘だったらお前は納得するんだ」
見れば親父が真剣な目でこちらを見ていた。
その視線に頭をかいて、気恥ずかしさから煙草を取り出すために目を逸らした。
(親に心配されるのが嬉しいってのは、いくつになっても変わんねぇもんだな)
未だに見つめてくる目は、ただただ息子の行く末を案じている親のもの。
「派手なのは好きじゃねぇ、特にこいつは顔に塗ったくり過ぎだ」
煙草に火を付けて、理想の妻についてあげていく。
「前に出ねぇが芯が強くて、家の事を任せられる奴が良い。子供好きで、餓鬼が何人いても平等に愛情を与えられて、」
『ここに嫁いで、本当に幸せでした』
あの時、お前を嫁に出来た俺の方が幸せだったと言ってやれば良かった。
「・・・分かった。話しが纏まったら連れて来い」
「ああ?」
見れば、どこか肩の力を抜いた親父がいて、勘違いさせた事に気づく。
「んな女がいたら、とっくに結婚してる」
苦笑しながら煙草を灰皿に押し付けて立ち上がり、テーブルの上に投げた書類を持って親父の机へ戻した。
「まだ当分、結婚は出来そうにねぇよ」
『出来れば、そちらで待っていて下さいませ』
待ってるさ。いつまでも。お前以外と歩く人生を、俺は望んじゃいねぇんだ。