短編集(夢)
□雑賀孫市
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「孫市、お主いつまでほっつき歩いておるつもりじゃ。いい加減身を固めろ」
隻眼の友が俺を案じて振り返る。
「俺が誰かのものになっちまったら、泣く女の子が出てくるだろ?女の涙は見たくねぇな」
「馬鹿め」
呆れたように返って来るいつもの言葉。
俺は臆病だ。
大切なものをもう失いたくないと、新しい仲間が出来たんだから良かったじゃないかと、それ以上を望まなくなった。
「女を泣かせるのは、趣味じゃねぇな」
望んだ後が怖くて、動けなくなった。
だって、怖いじゃねぇか。
何もかも失って、またあの闇を一人で歩いて、次もまた救ってくれる仲間が出来るなんて保証はどこにもない。
夢から覚めてすることは、手で目を覆う事。
「もう、思い知ってるって」
毎日毎日、繰り返し思い知らせないでくれと目頭を抑えた。
「俺は、そんなに強くねぇよ」
何度相棒と一緒に血を吸っても、慣れなかった。拭いきれない、洗い流せない汚れがこびりついてる。
自分が死なない為に、仲間を死なせない為に、家族を守る為に、自分の誇りを賭けて相棒と戦場を走った。
それが俺の生き方だった。
悔いはない。
そんな物を持ってはいけない。
自分のすべてを賭けて相棒と血を吸っていた。
「・・・」
何が、自分を苦しめているのか分からない。
なぜ毎日のように昔の夢を見るのか分からない。
この夢を見ることが、自分に枷られた償いなのか。
「いよいよ今週末だな」
バックミラー越しに社長殿を見れば、
「フンッ、あやつには絶対に負けん!」
「同じチームなんだろ?」
「それでもじゃ!!」
より多くの点を取ってやると燃えている上司は、運動神経も頭も悪くない。
「その子も運動神経良いのか?」
今更聞くまでもないが、チラリと後ろを見て聞いてみれば、
「ワシ程では無いがな」
鼻を鳴らして窓の外を見ながら返事が返ってきた。
「女子の中で、奴に勝てる者はおらんじゃろう」
「そりゃすげぇ、出るのはバスケとバレーだけか?」
「ああ、奴も体育祭に乗り気ではないらしいのでな」
頷いて、会った事もない女の子を想像する。きっと、今腕を組んでいる社長殿と似ているのだろうとギアを握った。
「反発しあうっていうしな」
「?」
「何でもない」
似ているから合わないのだろうと、緩む口元を隠すようにハンドルを切った。
体育祭が迫った一週間、部活も行われずそれぞれ練習に励んでいるらしい。
「ええい煩い!ワシは仕事があるのじゃ!!」
クラスの何人かに引き止められていたが、それを振り切って向かって来る上司。
「おいおい、そんな言い方ないだろ?」
今後の学校生活に関わりそうな心証の悪さは良くないと、車から出てまだまだ幼い社長殿に声をかける。
「悪いね、今日はどうしても外せない用事があるんだ」
明日なら少しくらい遅くなっても大丈夫なんだがとクラスメイトらしい子供達に眉を垂らして言い、
「体育祭は週末なんだろ?みんなも練習したいって事じゃないのか?」
聞けば上司の口が歪む。相変わらず優しい奴だと笑っていれば、
「そこまでさせる必要ってあるの?」
高い声が聞こえてきて、顔を上げた。
「今日ってうちのクラス体育館借りられない日じゃん」
真っすぐ、赤い目がこちらを見てくる。
「明日だって、体育で練習出来るんだから十分じゃない?」
風が吹くと短い白髪の毛先が遊んだ。
「まぁ、明日の体育でグダグダだったら話しは別にだけど」
「貴様に言われる筋合いはないわ!明日も当日もワシがより多くの点を稼いでやる!!」
「私の次にね」
「ぬかせ!!」
言い合いは終わったのか、真っ白な女の子はスタスタと門をくぐって歩いていく。
他の子供達も言う事がないのか、互いの顔を見合わせていた。
「駅までなら、送っていこうか?」
こちらを睨んでいる上司殿にも笑いながら言えば、
「大丈夫です。走るの好きなんで」
子供らしい仕草で首を横に振った。