短編集(夢)

□雑賀孫市
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「孫市、お主いつまでほっつき歩いておるつもりじゃ」

いい加減身を固めろと、隻眼の友がこちらを見てくる。

「俺が誰かのものになっちまったら、泣く女の子が出てくるだろ?」

女の涙は見たくねぇなと笑えば、

「馬鹿め」

呆れたように返って来るいつもの言葉。
誰か一人の女と一緒になるなど、考えられなかった。
失った家族、仲間。
その仇は取った。

苦しんだ。

救ってくれる、新しい仲間が出来た。

家族は欲しい。しかし、

「女を泣かせるのは、趣味じゃねぇな」

戦場でしか生きられない俺が、布団の中で静かに死んでいくなど想像できない。

隻眼の彼と一緒に、何人も殺して来たこの相棒を使わない新しい生活を送ったとしても、だ。

「なんじゃ、またそんなものを持って行くのか」
「当たり前だろ?俺の相棒だ」

「フンッ、弾も入っておらんのじゃろ」
「そう言うなって」

手元にあると落ち着くんだと、馬に乗るときも遠出するときも、ずっと持ち歩いている相棒。何人も殺してきた愛銃。
一緒に血を吸ってきた。俺を一番理解し意のままに働いてきた相棒。

「俺が死んだら、こいつも一緒に埋葬してくれよ」
「馬鹿め!やる事はまだまだあるんじゃ、簡単にくたばるでないぞ!!」

「へいへい」

自分を救ってくれた、新しい仲間。

自分も大変だっていうのに、俺を気にかけ、頼ってくれる。大切な仲間。

これ以上何を望めというのか。




目を開け、瞼を下ろして手で覆う。

「変わってねぇなぁ」

昔も今も、俺は変わらない。

大きなベッドの上で一人起き上がり、寝室を出ていく。携帯で時間を確認し、洗面台の前で自分と向き合う。

「酷い顔だ」

苦笑して、冷たい水で顔を洗った。

身仕度を整え、糊のきいたスーツを来て家を出る。

「今日は遅刻せんかったな」

槍でも降るのかとこちらを見上げて来る雇い主に笑った。

「大切な社長様が無遅刻無欠席をご所望なんでな」
「フンッ」

大きな家から出てきた上司、まだまだあどけなさが残る高校生。

早くに両親を亡くし、父親が残した会社をその身で支える若い竜。

「ちゃんと飯は食ったのか?」
「当たり前じゃ、ワシに何かあったらあの会社はどうする」

「よく分かってるじゃねぇか」

車に乗り込んだ主人にバックミラー越しに笑顔を向け、ハンドルを握る。

この主人が、昔の事を覚えているのかは知らない。前世の話しなんか、した事がない。しかし、

「せめて学校でいる時くらい、子供らしく遊んで来いよ」
「余計な世話をやくでない、馬鹿め」

救いをくれた新しい仲間だという確信があった。


上司を無事学校に送り届け、そのまま会社へ出勤して社長室へ入る。

「おはようさん」
「おはようございます」

「坊ちゃんは無事学校だ。もうすぐ体育祭があるとかで、ちょっと渋ってたけどな」

笑って秘書に報告をして席に座る。

「やれやれ、またこんなに書類を作ったのか」

奴らも仕事が速いとため息を吐いてパソコンを起動した。



「っく、なぜワシが奴なんぞと!」

体育祭、男女混合の競技は数種類あるのだが、その数少ない種目に当たってしまったと嘆いている上司に苦笑する。
それも、入学当初から気が合わないと睨み合っている相手とチームが一緒になったのだそうだ。

「くじ運の悪い自分を恨むんだな」
「他人事と思っておるな」

「まぁな」

笑って、会社へ向けて車を進める。

「気が合わないってだけで、嫌いな訳じゃねぇんだろ?」

これを気に仲良くなって付き合えるかもしれないじゃねぇかと言えば、

「馬鹿め!あんな奴と付き合うなどありえるか!!論外じゃ論外!」

後部座席で騒いでいる社長は子供らしくて、上がる口角が抑えられない。

「タイプじゃなかったか?」
「気が合わんと言ったじゃろ!何かと突っ掛かってきよってっ、気に食わん!」

「ふ〜ん?向こうはお前が好きなんじゃないのか?」
「それこそありえん」

言い切ったなと、ミラーに目を向ける。
そこに写っていたのは、頬杖をついて窓の外を見ている上司の姿。
声を荒げていた割に、落ち着いているその姿が違和感を漂わせる。

「向こうも、ワシが気に食わんと思っておる」
「・・・」

そう言った社長殿の顔には、安堵に近い感情が含まれているような気がした。


あれから毎日、気に食わないと言っていた相手の愚痴を聞かされ続けた。

「なんなんじゃあいつは!手加減も無しにボールをパスしてきおって!」

「ゴールを決めた時にワシを見て鼻で笑いおった!」

「あやつはもう女子等ではない!猿じゃ!!」

今日は早弁をしていたので笑ってやったら昼飯を取られたと、腕を組みながら叫んでいる。

「まぁまぁ、女の我が儘を笑って許してやるのも男の勤めだぜ?」
「相手が女子であればな!あやつは猿じゃ!!」

声を荒げる上司は、日に日に表情を豊かにしていく。
年相応の、学校での日常を聞くのは実は初めてだった。

高校に入る前に両親を交通事故で亡くし、自分の片眼も無くし、退院と共に会社を背負い高校へ進学。

進学さえしないつもりでいた子供に、それはダメだと大人としてストップをかけたのは自分と秘書の男。

「女の子に猿はねぇだろ?後数年もすれば立派なレディだ」
「フンッ、あやつを前にしても同じ事が言えたら、ワシが間違っておったと認めてやる」

これは根が深いと眉を垂らし、会社の駐車場に車を止めた。
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