エクスペンダブルズ(夢)
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ヤンはこの日、朝から家を出た。
バーニーの娘と言う日本人がやっている店へ行くためだ。
バイクを停めて中に入ると、クリスマスが言っていた通り老人ホームみたいな雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃい、来てくれて嬉しいわヤン」
迎え入れられ、その言葉が英語であっても少し安心してしまった。
「バーニーに米も食えると聞いたんだが、できるか?」
「ええ、大丈夫よ」
ちょっと待っててねと言われ、レジの側にある一番奥の席に座った。そこは入口も店全体も見回すことが出来るとてもいい席だった。
待っていれば魚の焼ける匂いがしてきて食欲を刺激される。
「お待たせ」
出て来たのは小さなお握り二つと味噌汁。焼き魚の定食だった。
「日本の朝食を作るのは久しぶりだわ。何かリクエストがあったら言ってね」
言われ、こちらを見下ろしている黒い目を見上げた。
「もしかして、俺を日本人と勘違いしてないか?」
「え?」
キョトンと首を傾げる顔が本物の子供みたいで笑ってしまった。
「ご、ごめんなさい!もしかして中国人だった?」
「ああ、ご明答だ」
笑っていれば、司も笑ってため息を吐く。
「中国ではどんな朝食が一般的?」
「そうだな。粥やスープ、麺なんかを食べる」
「勉強しておくわ」
「シンプルな焼き魚を食べられるのは久しぶりだ。嬉しいよ」
「私の方こそ、そう言ってもらって救われたわ」
添えられていた箸に、また頬が緩んでしまった。
そのまま食事を続けていると、男が数人やって来た。見るからに金持ちそうな一人の男と、護衛らしい男が二人。外には大きな車まで停まっている。
「おはようございますベルジュラックさん」
「おはようツカサ」
迎え入れた司を抱き寄せて頬、手の甲にキスをする。
「君はいつ見ても変わらない。天使の様だ」
「ベルジュラックさんだってあの頃のままだわ」
笑って手を離すとカウンター席に促した。
「いつも、遠いのに取りに来てくれてありがとうございます」
「そこら辺の業者は何も分かってない。君の絵は百年後国立美術館に展示される逸品だ」
「いつかそんな絵が描けたら一生の思い出ね」
クスクス笑って、今絵を持って来るわと奥へ消えていく。
ベルジュラックと呼ばれた男は、その背中を見送って店を見回した。何枚も飾られている絵画を見て、その絵を見ている老人たちなど目に入っていないのか立ち上がって一枚の絵の前で立ち止まる。
戻って来た司は包装された絵をカウンターに立てかけてベルジュラックの隣に立った。
「君はなぜ絵に一生を使おうと思わない」
「思ってますよ」
「では、前に言った話は考えてくれたかな」
聞くが、司は穏やかに笑って首を横に振った。
「ここにいるから、私はこの絵が描けました」
「なら、せめてフランスに戻って来る気は?」
「ありません」
「芸術家は頑固だ」
「どうしてでしょうね」
クスクス笑って、ベルジュラックを見上げる。
「いつも気にかけて頂いてありがとうございます」
「本音を言えば、このまま君をさらっていきたい」
「父を心配させちゃうわ」
「・・・そうだな」
苦笑して、司を抱きしめるとこめかみへキスを落とす。
「絵が描けたら、また写真を送ってくれ」
「ええ」
「私が恋しくなったというメールでも構わない」
「分かったわ」
クスクス笑って、男を見送った。
「うるさくしてすみませんでした」
「いいえ、新作が見られたんだもの、気にしないで」
老人たちに謝ってから一度カウンターに引っ込むと、お茶を持ってやって来た。
「ヤンも、驚かせてごめんなさい」
「いや、あの男は誰だ?」
司を向いに座るよう促して聞けば、お得意様よと言われた。
「フランスに四年間住んでたから、その時知り合ったの」
以来絵を買ってくれるようになったわと壁にかかっている絵を見上げる。
「“前に言った話”って言うのは?」
「ベルジュラックさんの元で画家をしないかって」
「なぜ断った?」
画家にとってパトロンが付くというのはすごい事じゃないのかと聞けば、
「今の生活が気に入ってるの。絵だけの事を考えていても、良い物が描けないって知ったから」
そう言って笑顔を深める。
「ヤンに中国の事をもっと聞きたいしね」
チャイニーズ街の味は本当に本場と同じ?と聞いて来る司に、口元が緩んだ。
バーニーが少し羨ましくなった。可愛い娘がいて、羨ましくなった。