3月のライオン(夢)
□藤本8
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図書室に誰も来ないと知ってから、雷堂くんが常連になった。
最近では折り畳み式の将棋セットまで持ち込んで、一人詰将棋を指している。
盤上を睨む横顔は、本を見つめていた時とは比較にならないくらいだ。
「和子」
「はい」
そんな事が半年くらい続いたある日、名前を呼ばれた。
「お前、将棋ができるんだったよな」
「とても弱いですけど」
「それでもいい。相手をしてくれ」
言われ、受付室から出て雷堂くんの向かいに座る。
「小学6年生に負ける程ですよ?」
「小6?」
「弟です」
同じくらいに始めたのに、いつのまにか強くなっていて、気付けば家族の中で一番弱いのは私になってましたと告げると、
「お前の家は全員が将棋をするのか?」
「お母さん以外は」
雷堂くんは?と聞けば、家では俺だけだと、自分の持ち駒を限りなく減らして言った。
「じいさんが唯一やる人だったが、俺が奨励会に入ってすぐに死んだ」
「そうだったんですか」
パチパチと、静かな空間に駒音だけが響く。
すぐに、私が負けましたと頭を下げた。
「本当に弱いんだな」
驚いたと言ったように言われたので口をとがらせる。
「最初からそう言ってるじゃないですか」
「お前頭は悪くないだろ」
「・・・お父さんにも同じことを言われました」
恨みがましく言うも、雷堂くんの目はもう盤上に戻っていた。そして、
「感想戦だ」
パチパチと、私から取った駒たちを置いて行く。
その手はさっきの一局を一部始終覚えていると言っているようで、素直にすごいと思った。
「この時、なんで下がった?」
「前には進めないと思ったので」
「進めば金将に取られるからか?」
「はい」
一つひとつ、私が何を考えて駒を動かしていたのかを紐解いていく。
「お前、俺から駒を取るつもり無かったな」
「・・・はい」
「理由は?」
「駒落ちまでしてくれていたので」
私の言葉に、盛大にため息を吐いて真っ直ぐ見据えてくる。
「俺に勝つつもりで来い」
もう一度と、取った駒を全て渡された。
それからというもの、私と雷堂くんは図書室で将棋を打つようになった。
「雷堂くんって四人兄弟だったんですか」
「ああ」
「一人っ子だと思ってました」
「どういう意味だ」
「深い意味は特に」
「・・・」
「あ」
「・・・」
「・・・」
「怒りました?」
「怒ってない」
「・・・」
「・・・」
「・・・あの」
「今度」
「はい」
「対局がある。弁当を作れ」
「・・・はい」
これは失言に対する謝礼だと、すぐに分かった。
そして、以前作ったお弁当の中身を思い出す。
「とても今さらなんですけど、雷堂くんの嫌いな食べ物ってなんですか?」
「ない」
「じゃぁ好きなものは?」
「筑前煮」
「渋いですね」
「文句でもあるのか」
「ありません」
駒を並べながら、どうしても抑えられなくて笑いを零してしまった。
そのせいでまた雷堂くんの機嫌を損ねてしまったけれど、
「蜂蜜レモンとチョコレートなら、どっちが好きですか?」
「両方」
「頑張ります」
こうして話していると、やっぱり雷堂くんは可愛いと、そう思う。