3月のライオン(夢)
□藤本1
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「藤本棋竜の対局見たか?」
「恐ろし過ぎだろ」
「な。対戦相手が青い顔して震えてたぞ」
昼休憩に入った今、出前を取った棋士たちがコソコソと休憩室で額を寄せ合う様に話し出す。
こりゃ休憩が終わったらすぐに決着がつくなと言われる程、午前の内についてしまった大差。
対局が早く終わりそうなのは藤本が強かったからと、相手棋士の勉強不足。
それが気に障ったんじゃないか?と、腕を組んで恐ろしい顔のまま黙っている藤本に恐怖しながら味のしない食事を飲み込んでいた。
すると、
「藤本棋竜はいらっしゃいますか?」
館の若い職員が休憩室に入って来た。しかし、このピリピリした空気に驚き、
「あの、正面玄関に、」
「分かった」
しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。そんな職員の言葉は最後まで聞かず、藤本は立ち上がって休憩室を出て行った。
機嫌の悪い藤本の出て行った控室の空気は一気に軽くなり、はぁー!っと出すに出せなかったため息を吐く若い棋士たち。
「やれやれ、やっとか」
モグモグと口の中の物を咀嚼しながら呟く柳原棋匠に、好奇心旺盛な一砂とスミスが寄って行く。
先ほどまでの重苦しい空気など感じさせない二人に、笑いながらそばを啜った。
「かみさんが弁当持って来たんだよ、いつもの事だ」
「「かみさん!?」」
「なんだ、お前ら見た事なかったのか?」
「俺見た事ありますよ。チラッとですけど」
会話に入って来た横溝は、細い指で顎を撫でながら上を向く。
「なんて言うか、」
一瞬見ただけの印象は大和撫子。
横溝の言葉に笑い出したのは、もう何十年も将棋を指している玄人の方々。
「間違いじゃねぇな」
「私たちの時代でも珍しいですよねぇ」
はははと笑う有本九段にうんうん頷いて穏やかな空気を出す先人たちに、若手たちの野次馬根性に火が付いた。
「俺飲み物買ってこよ」
「あ、俺も!」
「俺もっ」
控室を出て行く若手を見送って、お前らも早く身を固めろよとため息を吐いた。