美の女神
□5章:炸裂、じゃじゃ馬娘!
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カレン騒動の翌日、繭香は捻挫悪化のため学校を休んだ。
光晴も当然のごとく休もうとしたが、お弁当を渡され、〈さっさと行け〉という思いを込めた『行ってらっしゃい』で送り出されてしまったのだ。
そんな光晴は学校に着くなり寮長二人に昨日女子寮に入り個人情報を拝借したことをこっぴどく叱られた。
だが説教中に項垂れて反省している素振りを見せつつ光晴が考え込えていたのは繭香への新たな求愛行動だ。
経験上、繭香が好意を持ってくれているのは分かる。
だが、本人は自覚ゼロなのだから曲者だ。
おまけに気の強さは光晴の花嫁歴代一位だ。
「なんやそのへんは女版華鬼やな。」
「何を言っているの?!」
「何でもありません。
反省してます。」
思わず呟いてしまった光晴の言葉に生真面目な性格の寮長の一人が厳しい口調の言葉をかける。
光晴は口だけで謝罪しながら、頭の中は繭香でいっぱい。
ああ、はよ帰りたいな。
今日は捻挫を理由に風呂でも攻めてみよかな。
痴漢とか言うて鉄拳くらうかな。
案外ヤキモチ妬きやし、押してダメなら引いてみる作戦か?
いやでも真っ向勝負精神が崩壊するようなことはできん!
悶々と一人格闘していると予鈴が光晴を駆り立てた。
さぁ!繭香の元へ走れ!
光晴は椅子から勢いよく立ち上がると反省文を書くように指示されたプリントを手に脱兎の如く、生徒指導室を飛び出した。
寮長の「待ちなさい」「まだ話が終わってない」という叫び声など繭香の元へ走る光晴の耳には届かなかったのであった。
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光晴を送り出してから窓を開けて換気しつつ、飾り人参の練習をしようと台所に立っていた繭香は玄関の鍵が音を立てるのを聞いて呟いた。
『まさか帰ってきたんじゃないでしょうね。』
ガチャリと扉が開くと「ただいま」と光晴の声がする。
『やっぱり』
繭香は天井を見上げ、溜め息を吐く。
「会いたかった〜、繭香〜。」
『出ていってから一時間も経ってない!』
光晴が抱きついてくるのを突き放しながら叫ぶと光晴は冷たいなぁと言って引き下がる。
そしてその晩。
朝からべったり繭香から離れることのなかった光晴はアピール大作戦を実行した。
繭香が先に風呂に入ったのを見計らって、脱衣場で服を脱ぐ。
拒絶の色はありありと浮かぶがもしかしたら繭香の“無意識”が発動するかもしれないと淡い期待を胸に風呂場の扉を開ける。
湯船に浸かっていた繭香は勢いよく振り向くと湯から立ち上がった。
タオルを持っていない繭香は身体を隠せないため逃げること不可能だった。
ならば撃退するしかない。
『光晴、出てって。』
「ええやん。飯も風呂も一緒の方が楽しいで。」
光晴は予想通りの繭香の桃色の肌に下心をメラメラ燃やしながらシャワーで身体を洗う。
しかし光晴は抑揚のない繭香の声に危機感を覚えるべきだった。
繭香は胸を片手で隠して振り返ると風呂場にあるものを手当たり次第に投げ出したのだ。
下半身は脚を絶妙な角度に曲げることで見えない。
シャンプーボトルに洗面器で汲んだ湯、石鹸に…
「ちょっ、カミソリは勘弁。」
青ざめた光晴は両手を上げて降参ポーズを取る。
だがスッポンポンの光晴が繭香の方を向いたことで顔を真っ赤にした繭香は更に怒りを爆発させた。
『この変態!』
光晴は顔を歪め、本気でふりかぶって投げられた洗面器を避けるべく脱衣場に逃げ込んだ瞬間、それが扉にぶち当たり、物凄い音を立てた。
「女の子はおしとやかに」
『うるさいっ!』
扉に隠れつつ行動を指摘すると怒鳴り声と共に物が扉に当たる音がする。
『出てけーーーー!』
その声に追いたてられるように光晴はタオルと着替えを持って脱衣場を出ていった。
ソファに座って寝るまでの時間を潰していると風呂から上がってきた繭香に射抜くような視線を向けられ、寝室は出入り禁止と宣告された。
仕方なく一人で風呂ーー後片付けはきちんとされていたーーに入り、十時半すぎにソファベッドに横になった。
脚を盛大にはみ出させ、薄い夏布団を一枚被って転がっているかのように眠っていた光晴は深夜、身体にのし掛かる重みで目が覚めた。
そして身体に巻き付くそれ。
ただでさえ狭いソファベッドに繭香が“無意識”に移動してきたのだ。
短パン半袖姿の繭香に身体を半分重ねるようにしてくっつかれ、脚で絡みとられた光晴はその身体の柔らかさに全身に電気が走るのを感じた。
「なぁ…別々に寝るんと違うかった?」
穏やかな寝息を耳にすると光晴は俺寝れんやん、と呟いて起き上がった。
からめられた脚はまだ光晴の身体に巻き付いている。
カーテンの隙間から漏れる月明かりで照らされた繭香の脚は身長の高さも由来してスラリと伸びている。
まさに美脚だ。
オカンがモデルやもんなと考えつつ脹ら脛をつつくと見事な弾力で指を押し返してくる。
「悪い寝癖やで、ほんま」
光晴は盛大な溜め息を吐きながら、繭香の額を頭に向けて撫でると今度は腕が身体に巻き付いてきた。
光晴は自分の“無意識”に気付ける良い機会だと判断し、繭香が促すままソファに横になった。
そしてソファから落ちないように繭香の身体を片手で抱えて目を閉じる。
朝方になってやっと眠れた光晴は腕の中で繭香が動いて突如強ばったことで覚醒した。
覚醒までしっかりと巻き付けていた四肢を静かに離した繭香は
『何で?』
と小さく呟いては『えっ?』と言って狼狽えている。
光晴がそっと腕の力を抜くと繭香は飛びずさるようにして離れ、ベッドから落ちた。