美の女神
□4章:隙と好き
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ダンスパーティー本番三日前、繭香は初めてダンスの練習に参加した。
本当は解熱後登校初日から行きたかったのだが、また熱が出ると困るため自粛したのだ。
周りは最終段階に入っていて、まともに踊れないのは繭香のみ。
ダンス指導の教師は繭香がセレモニーに出ていたことを知っているため厳しいことは言わなかったが、マンツーマンのスパルタレッスンが行われた。
ところが普段滅多にヒールを履くことのない繭香は踊りに入る前に美しく歩くレッスンから始まった。
一歩歩くとヒールが“ズズズ”と音を立てる。
「あ゛ぁ。」
教師は頭を抱える。
「高嶺頼む、普通に歩いてくれ。
鬼並みの身体能力があるのになぜヒールで歩けないんだ。
とにかく明後日はリハーサルがあるんだ。
明日には基本ステップくらい踏めるようになってもらわなければ示しがつかない。」
『「ダンスは男側のリードが全てだ」って担任に言われました。』
繭香が意見を言うと教師はあのオッサン、と毒づき
「それはまず歩けることが前提だ。」
と否定した。
そこで他の花嫁ならばパニックになるが、繭香はそんな柔な性格ではない。
『大丈夫です、先生。
先生の顔に泥なんて塗りませんから。
美しく踊って見せます。
バレエ好きだし、ダンスもきっと上手く出来ます。』
ニッコリ笑ってそう告げる繭香に教師は盛大な溜め息を吐いて「期待してる」と心の伴わない想いを言葉にした。
ガリガリとヒールを削りながら歩く相手に安心しろと言われても心が休まるはずがないのだ。
結局一時間、歩行練習をしたが美歩行にはほど遠かったため、ダンスレッスンに移行した。
貸出し用のピンヒールを履いた繭香は教師とほとんど同じ身長だ。
業者が採寸に来たときに靴のこたことは訴えたのだが「それでは見た目が悪くなる。」と一蹴され、七センチヒール着用となったのだ。
「まず左手は腕に添えろ。」
繭香が教師の腕に手を置くともう少し下、と付け加えてさらに基本姿勢を細かく教える。
「ワルツは三拍子の音楽に合わせるが、二拍目がやや早い。
音楽聴いて戸惑うなよ。」
教師は繭香の腰に手を添え、ステップを踏み始める。
それと同時に繭香の足が不快な音を立てながら動き出す。
「スリーステップで半時計回りに進んでいく。」
教師はリズムを口ずさみながら優雅に舞うが繭香は引きずられるように足を踏み出しーーー。
『すみません。』
足を押さえて悶絶する教師に繭香が謝罪する。
「気にするな、大丈夫だ。」
と言うものの教師の顔は歪んだままだ。
「一度はやられると覚悟していたからな。」
『立てますか?
なんなら光晴に抱っこで保健室に連れて』
「いらん。」
繭香が四つん這いになって教師の足を見ながら国一に診てもらおうと提案したが、抱っこという言葉を聴いた教師は瞬時にお姫様抱っこされる自分の姿を想像して首を何度も横に振って意地で立ち上がった。
「続きをするぞ。」
それから約一時間後、教師の必死の指導が終わった。