時の羽音

□2章
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ここで梨英の人生を振り返ってみよう。

梨英は麗二のアドバイスにより五歳になる年から幼稚園に入ることになった。

場所は梨英に会いたいと言った母方の祖父母の家の一番近くーーーといっても彼らの居住地はド田舎なため車で三十分かかるーーーの町の園に入った。

しかし、大人しい性格の梨英は他の園児に玩具を奪われ、突き飛ばされて怪我をするなどして水羽が迎えに行くと泣いて抱きついて来ることが多かった。

麗二に相談すると「小学校に行く前に人間付き合いを少しでも学んでおいた方が良いと思ったんですけどねぇ。」と思案し、幼稚園の内情を調べてくれたが、人間社会は少子化が深刻化したために幼稚園は数年前から激減しているのだそうで……。

結果、なぜか鬼頭の生家に行くことになった。

よって光晴とは疎遠になり、年に二、三度会う程度になった。

生家は相変わらず賑やかで花嫁三十二人、庇護翼十五人、華鬼の新たな兄弟一人が生活していた。


梨英が初めて鬼頭の生家に行った日、梨英は花嫁による抱っこの連続で疲れ果て、夜は緊張の様子もなく気絶するように眠った。

朝起きると花嫁たちが襖の開け放って眠っている梨英の姿を見ていたことに驚き、半泣きになって水羽を呼んだのは微笑ましい思い出だ。

ところで花嫁たちはよく喋るため梨英の会話力は格段に上がった。

十四歳になる華鬼の弟ーーー見た目年齢は梨英とそう変わらないーーーは梨英の良き友達になり、遊びの中で怪我をする事はあっても暴力を受けることはなかったため、水羽は華鬼の生家に来て良かったと安心していた。


水羽自身も幼少期から(二代前になるものの)この家で育ったのだから。
ただ華鬼が生家にいないことが水羽のときとの大きな差だ。


生家に来て何より梨英が喜んだのはお風呂で久しぶりにおっぱいに触れたことだった。

母と別れてから男のなかで生活していた梨英は柔らかくて優しい手触りの豊かな胸によくなついた。

それからというもの水羽と一緒に入浴するよりも花嫁と一緒に入浴することが多くなった。


忠尚は「子供はそんなもんだ。」と豪快に笑い、水羽は花嫁の胸を掴む梨英の姿に視線をどこに向ければ良いのか分からず目を泳がせていた。


おっぱいに釣られた梨英は水羽が決めた日課の最低限のことはこなしたが、花嫁たちに連れられ庭で遊ぶことが多かった。


梨英の笑い声を耳にして自分が隣に居たいのを押さえ込みながら水羽は忠尚の仕事をしていた。


そんな水羽を見かねた渡瀬が一度

「ご一緒されてきては如何ですか?」

と言ったが水羽の瞳が輝くことはなかった。

仕事を後回しにすると残業しなければならなくなるため、夜に梨英と一緒にベッドに入れなくなるのだ。


ベッドに入れないということは寝る前に梨英を膝に乗せて絵本の読み聞かせが出来なくなるということ。

水羽にとって読み聞かせのあとの絵本の感想の言い合いっこは鬼ヶ里にいたときから大好きで毎日の楽しみだったのだ。

花嫁たちが唯一剥奪できない自分の楽しみを一時の心の揺らぎで台無しにするわけにはいかない。

そう思うと仕事が捗り、どんな量を任されても夕方には終わる。


さらに仕事終了後の梨英との再会は格別なのだ。

時には梨英が不調を訴え、隣に付きっきりのときもあったが、鬼の花嫁は病気に対しての免疫が強いため、あえてそうしようとしなければ手のかからない子だった。


そして七歳になる年には水羽と別れ、母方の祖父母の家に同居して一番近くの小学校に入学した。


ところが梨英が十歳のときに流行り病にかかった祖父が他界。
祖母は元々体調が芳しくなかったために老人ホームで後を追うように亡くなった。


そこで梨英は父方の祖父母の家に移る予定だったが、まだ息子の死を受け入れられないでいた彼らは孫を拒んだ。


結果的に梨英は街に家を借りた水羽と共に住むこととなり、父方の祖父母と同居することなく、十六歳の誕生日を迎えた。

 
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