話
□不器用
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「お前ってほんま不器用やな」
放課後、委員会帰りに1組の前を通ると一人教室に残る千歳がいた。何故残っていたのかは知らないが、夕日を眺めているようだった。
他に生徒は居らず俺もすぐ帰るつもりだが、一向に帰る気配がない彼に言いたいことがあった。眉をひそめる様子は怒っているのではなく、意味がわかっていないようだ。
「どっちが?」
「お前がや言うたやん」
「どこが?」
「どこがって……」
もっと周りを気にして、言動とか注意したほうがええ。空気とか読んで馴染もうとしいや。そんなんじゃ卒業できひんで。
無駄多すぎんねん。
「おもしろか」
「はぁー? 何がや」
「今言ったこと、白石にも当てはまるばい」
「俺バリバリ空気読めとるわ!」
なんやねんせっかく俺が親切に教えてやっとんのに!
「でも俺は、白石の方が壊れてしまいそうで怖かよ」
俺にとって“完璧”であることは義務ではなかった。けれどそれはありありと存在感を見せつけ、俺を押し潰さんとしていた。
千歳は言葉少なにそれを言い当てる。不器用さ故か、策士か。
(……俺はお前より器用に生きとるよ)
「……あほやお前」
「良かよ、あほで」
「ほんまアホ、めっちゃアホや」
「なるほどなぁ」
はははって笑う千歳が大きくて、アホって繰り返す自分があまりにも小さくて。目頭が自然と熱くなる。逃げるように帰ると呟き、乱暴にカバンを肩から掛けドアへと向かう。後ろで椅子を引く音がしたからおそらく千歳が立ち上がったのだろう。俺は振り返らず気付かないふりをした。
「白石!」
「……なんや」
「俺、あほで良かよ。白石が知っとってくれるけん」
「…………アホ」
「だけんね、俺も知っとうよ。白石んこつ」
そんなのわかってんねん、と。
言い終える前に抱き締められた。ぎゅう、と絞め殺されるんじゃないかと思うと千歳の掌が俺の濡れた目蓋を覆う。体格差なんて嫌になるくらいわかってるわけで、悔しかった。包み込まれていることに安堵のような感情を抱いているのも悔しかった。
ああ、なんで俺らはこんなにも不器用なのだろう。
「俺もアホでええわ」
その一言を紡ぐことがこんなにも難しいだなんて
END