□春は出会いの季節です
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暖かな陽射しにまどろんでいると不意に扉が開かれた。

「おっやっぱり屋上にして正解――あ、」

意気揚々と上がってきたのだろう弾む声の持ち主を知っていた。“浪速のスピードスター”忍足謙也。
自分を見つけた忍足は「あちゃー」と呟きながら困ってしまった。昼休みだしここで休憩する予定が先客がいて迷っている、といったところか。すぐに戻らないからここで待ち合わせでもしているのかもしれない。

(うちが去れば一番簡単ばってん……)

下手に今起きると他のテニス部のメンバーにも遭遇しかねない。(別に待ち合わせがテニス部と決まったわけではないが)いかんせん今は“テニス部の人”と会うのが辛い。
ここは寝たふりをして引き返してもらおう。


「おーい、千歳さーん? 起きとる?」

肩がビクンと反応してしまった。まさか自分の名前を知っているとは思わなかった。まぁ曲がりなりにも九州二翼と呼ばれていた時代もあるし、同世代のテニス部なら知っていてもおかしくないけれど。

「ん、うぅ……」

ごろんと俯せるように寝返りをうち身体を小さく丸める。これでごまかせただろうか。

「お、女の子がこないなところで寝とったら危ないで?」
(危ないってなんね)
「…………あかん、熟睡や」
(あ、諦めたとや?)

本格的に眠くなり始めた脳みそがふわふわしてきた。うーん……これは5限目には出られそうにない。

「無防備に足晒したらあかんっちゅー話や……」

ふぁさ、と身体に何か掛けられた。彼の上着だろうか? 確認しようと薄く目を開けると忍足はスピードスターに恥じない脱兎っぷりで屋上を去ってしまった。扉にぶつかる音や転ぶ音が響いて完全に目が覚めてしまった。途中で数人の男子とすれ違ったのか、何か話す声とともに男子達も去って行ったようだ。

「なんね、せからしか男ばい」

それでも彼が掛けてくれた学ランに視線を落とすと自然と笑みが零れる。忍足謙也は春の陽射しのような男だった。


今日は調子も良いしすっかり目も覚めてしまったし、午後の授業にも参加してみようか。クラスメイトは驚くかもしれない。それまではせっかくの厚意だしこの学ランはもう少し借りておこう。

なんと言ってこの学ランを返そうか?

なんて考えながらゆっくり流れる雲を見守っていた。





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