話
□白石くんの誕生日
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それは千歳が入部してまだ一週間も経たない春の日。
コート整備をしているとふらりと大きな影に隠れ、ぎょっとして振り向くと締まらない笑みを浮かべた千歳がいた。
「今日は白石くんの誕生日ってほんなこつね?」
「え? おん。よう知っとったなぁ」
「だってみんな今その準……」
あ! とこれはまぁわかりやすく「しまった!」という顔をするものだからついおかしくて噴き出した。
「ええてええて。みんなサプライズパーティーって言っとったんやろ? あれ名ばかりで毎回やっとるし」
今一人寂しくコート整備しているのも、早々に部室を追い出されたからだ。千歳は昨日部活に来ていなかったし(そもそも新入部員だし)、恐らく時間稼ぎ兼俺の暇潰し相手と言ったところか。
「毎回?」
「メンバーの誕生日ん度にサプライズパーティーやぁ! 言うて部室でやんねん。そらばれるやろ」
「ふふ、良かチームやねぇ」
愉快そうに笑う千歳にこちらも嬉しくなった。
思えばこんなたわいない話は初めてだ。彼が入部してわかっているのはテニスが上手く、しかし部活や学校をサボるずぼらなヤツというくらい。
「せやろ?」
「うん、四天宝寺に来て良かった」
ボケのつもりだったのに驚くほど素直なヤツだ。こっちが照れてしまう。
だからだろうか、俺も少し浮かれてしまったらしい。
「……なぁ千歳くん、話聞かせてや」
「ん?」
「こっちに来る前のこと、こっちに来てからのこと、なんでもええねん。もっといろいろ、ほらチームやし。それが誕生日プレゼントでええわ」
必死か! と自分に突っ込みたくなるのを抑えて、返事を待つ。
千歳はへらりと顔を崩すと
「よかよ。白石くんは安上がりやね」
とひとつ笑い、いろいろ話始めた。
「千歳ー! 白石ー! もうええでー」
我が部のスピードスターの声がし、ベンチから立ち上がる。サプライズパーティーはいつものことだが、自分がいないと無駄が多いのではないかと思う。一番ぐだるのは白石の誕生日だった。
(してくれるだけで嬉しいからええけど)
「さて、ほなら行くか」
「あ、待って」
いそいそとポケットをまさぐり小さな包みが出てくる。
「白石くんは誕生日プレゼントいらんち言うたばってん、もう用意したけん。はいよ」
「え、悪いで」
失礼だがそんなことするまめな男だと思っていなかった。だからこそ誕生日の特権だと思い根掘り葉掘り質問したというのに。
「誕生日んときは素直に祝われるもんばい」
俺の気持ちを察してか、勝手に手を取られその包みを受け取ってしまった。
「……ありがとう」
「それは魔法の種だけんね、植えんでもお守りになるばい」
「なんやそれ」
千歳千里は見た目だけでなく大きな男だ。優しくて暖かい。
「お誕生日おめでとう」
本日二回目のありがとうを言い、俺達は部室に向かうのだった。
END