拾万打記念
□act,2
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亮と萩之介と別れて、車まで歩いていたら、ジローに頬にキスをされた。
いつもの眠そうな顔ではなく、珍しくあのひまわりみたいな笑顔をしていて、僕の気持ちは高まる一方。
「おかえりなさいませ、景吾坊ちゃま」
「ただいま!」
「素敵なお花をお持ちですね」
「あぁ!萩之介にもらったんだ!」
「それはそれは…、お家で主人とご夫人もお待ちですよ」
浮かれた気分で車に乗り込んで、バラの花束を抱えながら、いつも眺めていた外の景色なんか、少しも見てはいなかった。
だから、異変に気づいたのは、ミカエルが車を突然止めたからだった。
きゅっ、といつもは絶対にしないような急ブレーキ。
そこで漸く外にやった視線で、外の慌ただしさに気づいた。
いつもは静かな住宅街。
どうして気づかなかったのかと思うほどに、サイレンを鳴らしながら、白い車が、赤い車が、走っていく。
「ミカエル…?」
「………」
もう家のすぐそばまで来ていた。
返事をしないミカエル。
動かないミカエルの視線の先には、そこを右に曲がれば家に着く、曲がり角。
そこに大きな車が消えていく。
多くの人が歩いていく。
運転席に身体を乗り出して、右の空を見れば、まだ夕方でもないのに、空が紅く染まっていた。
「ねぇ、ミカエル、何があったの?」
「………」
「ねぇってば!」
いつもは機敏に動くミカエルなのに、まるで石のように右前方を見つめたまま、動かない。
何が起きているのか、わからない。
どうしようもなく不安だった。
堪らず、外へ飛び出した。
花束を抱えて。
行ってはいけない、行ってはいけない、そうとも思った。
けれど、身体は勝手に走っていく。
そうして目にした光景に、何も言えず、何もできなかった。
青いバラが、落ちた衝撃で崩れていた。
神の祝福が、僕にもたらされることはなかった。