音也/トキヤ

□From My Heart(前)/長め(るな)
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side/T


「……質問はねぇな? じゃあこれでHRは終了だ。各自、ペアを組んでおくように」

 必要事項のみを簡潔に告げると、Sクラス担任を務めるスーパーアイドル日向龍也は壇上から降り、一様にポカンとしている教え子たちを置いて教室を出ていった。
 誰もが信じられないといった体で、無人の壇上を見つめる。
 それは、クールと名高い一ノ瀬トキヤも例外ではなく、その表情はまるで魂の抜けたような、普段のポーカーフェイスからは到底想像し得ない阿呆面だった。


 彼は今、なんといいました?
 トキヤは心の中でもう一度、今担任が言った言葉を繰り返す。


 『今日はおめーらに、"大切な人"っつーテーマで作詞・作曲をしてもらう』


 曰く、作曲家とアイドルは二人一組になって1ヶ月で曲を完成させ、全生徒と全教師、それから学園長の前で披露しなければならないという。
 だがそのペアは各自自由に組んでいいらしく、現にクラスメートたちは嬉々として憧れの生徒のもとへ移動したりと思い思いの休み時間を過ごしている。


 それにしても、とトキヤは思う。
 彼の言う"大切"というのは、家族や友人など、そういう類いに含まれる人のことを指しているのだろう。
 この学園は恋愛禁止なので、そう考えれば、別段この課題におかしな箇所はない。

 わかってはいるのだが、大切な人を思い浮かべろと言われて真っ先に思い浮かぶのは、恋人のことが一般的である。
 トキヤも例に漏れず、恋人である小柄な人を無意識に視野に入れていた。
 (自分より少し前に座っている恋人は、ハプニングには強いので既に行動を起こしているものだと勝手に思っていたが実際そうでもなかったらしく、未だに席についたまま微動だにしない。)


 しかも、クラス合同で、ペアは組み直してもいい、というところが引っ掛かる。
 もし他クラスに恋人がいる、アイドル志望と作曲家志望の者らがいればどうするのか。若しくは同じクラスでありながら、別の人間とペアを組んでいる恋人がいれば。
 彼らが組むことになれば、少なくとも一ヶ月は曲作りと言う大義名分の下、愛を交わす時間が十分に確保出来るのではないか。
 それでなくとも、二人でひとつの曲を創るのだ。
 お互いがより良い曲を作るため意見を交換しあい、価値観を共有し、同じ目標に向かっていけば、恋に落ちるなんてことは容易に想像できる。

 (それは普段の卒業オーディションの為に組まれたペアでも同じことが言えるのだろうが、そのペアは圧倒的に同性同士が多い。
  自分の棚に上げるわけでもないので、同性同士でも恋に落ちないと断言することはできないが、異性同士で組むより確率は低いだろう。)

 なのに、恋愛禁止、だ。
 その校則を徹底するのであれば、強制的にでも学園側がペアを決めるべきだろう、とトキヤは思う。


 何より、今は同性と組んでいる恋人が、期間限定であろうが一時的に異性と組む可能性が出ると言うことだ。そのようなことが許せるはずもない。



「色々考えた結果、行き着くのはその答えなんですね…」

 ため息混じりの言葉は、我に返ったクラスメートたちがペアの相手を探す声にかき消された。
 自分でも相当重症だと解っている。だが、だからといって妥協できる問題でもなく。

「ねぇ翔くん、まだペア決まってないよね?私と組まない?」

 ほらやっぱり、変な虫(と書いて女と読む)が、猫なで声で私の恋人に――翔に、擦り寄っているではないか。

「えっ、俺?」

 慌てる翔は今日も可愛い。……ではなくて!
 頭を降って自分のおかしな思考を振り払い、改めて翔と作曲家コースの少女を観察する。
 周りの喧騒にのまれ、あまり話し声が聞こえなくなってきたので確かなことは分からないが、翔は彼女の強引さに気圧され、ペアを組むのを承諾したようだ。
 元々の翔のペアの相手が別の、アイドルコースの恋人と組んだからという理由もあるのだろう。

 やはり女性と組むのか。トキヤは、自分が彼女に嫉妬していることに気付いた。
馬鹿馬鹿しい……。翔が決めたことなのですから、私がどうこう言えるものでもないでしょうに。

 はぁ、と小さく嘆息すると、自分もペアを決めるために、トキヤは席を立った。
 頼もうとしている相手の目処は立っている。
Sクラスの中でも自他ともに認める作曲家のトップクラスであり、美人と名高いが男性に色目を使わない、あっさりとした少女である。

 ふと、自分が女性と組んだら、翔も少しくらい嫉妬をしてくれるのではないか、とほんの少し期待したが、案に相違して、翔はトキヤのパートナーが女性だとわかっても何も言わなかった。
 それはトキヤの中で、ほんの少しだけ残念なこととして無理矢理片づけられる程度のものだった。
 それ以上考えても、事実が変わるわけでもない。無いもの強請りは不得意なのだ。
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