音也/トキヤ
□素直(真帆)
1ページ/2ページ
※腐、恋人設定
.
いつもより少し遅い時間に登校してくると、やはりいつもより教室が黄色い声で騒々しかった。
いつも私より遅く来るレンの方が早く来ているからだろうか、初めから女子が集まっている教室に入るのは新鮮だった。
「イッチーおはよう。いつもより遅い登校だね」
「おはようございます、レン。相変わらず騒々しいですね」
教室に入ると目ざとく私の姿を見つけたレンが声を掛けてきた。
少しの迷惑さを視線に込めて皮肉交じりで返すと、彼はそれに気づいたように肩をすくめた。
そこを通り過ぎて自分の席に着くと、後ろにいた翔から声がかかった。
「……はよ、トキヤ」
「おはようございます、翔」
翔を一瞥して、自分の準備を済ませる。
いつもより来た時間が遅かったため、翔と話す間もなく先生が教室へ入ってきた。
□
午前中の授業が終わり、昼休み。いつもなら、翔と連れだって食堂に行くのだが。
「ごめんトキヤ! ちょっとパートナーと打ち合わせ行くから昼一緒出来ない!」
「分かりました」
翔が用事があるそうなので私は一人で食堂へ向かった。レンはどうせ女子生徒を引き連れて食べているのでしょうし……大丈夫でしょう。
食堂に着き、トレーに昼食を乗せて空席を探していると、音也たちに声を掛けられた。
「トキヤ! 一人なら一緒に食べようよ!」
「そうですよぉ〜。ほら、座ってください」
「一ノ瀬も座れ。何を取ってきたのだ?」
「おや、イッチーも来たのかい?」
そこには音也、四ノ宮さん、聖川さん、そして珍しくレンの姿もあった。
なぜレンがいるのかと見まわしてみると、そこのテーブルには音也のパートナーの女子生徒が座っていた。なんというか、単純な男である。
「そこまで言うのならご一緒しましょう」
ここで断ってしまえば私への評価は下がるだろう。それに私もそこまで非情な人間ではない。
彼らの言葉に甘えてその日は一緒に昼食を取った。
そこに居ない翔を思いながら。
□
昼食を終え、教室に戻ると机に突っ伏している翔がいた。
打ち合わせをした個所をまとめているのかと思っていたからとても意外だ。
「翔」
「あ……トキヤ」
声を掛けると顔を上げたものの、暗い表情をしていた。うかないことでもあったのだろうか。
「何かあったのですか?」
「……あー……ああ。ちょっと、こっち来てくんね?」
何があったのかと訊けば答えを渋って席を立った。そのまま私の手を取って教室を出た。
ずいずいと進んでいく翔に手を引かれながらどこに行くのだろうと思いを巡らせた。
階段を数階分登って辿りついたのは屋上だった。激しい音を立ててドアを開き、屋上に入って翔はいきなり寝転んだ。
私も隣に座り、前を向いた。
「……トキヤ」
「なんですか」
「パートナーに、告られたっぽい」
名前を呼ばれて反応すれば、彼は言い渋ったことをすんなりと言った。
その言葉に少なからず納得している自分がいるのを自覚しながらも不安に思ったことを訊いた。
「……どうしたんですか」
「断った。……けど」
「けど?」
「泣かせちゃって、さ」
やっぱりかと思った。
彼は優しいのだ。
「……罪悪感、ですか?」
「分かんねーけどさ……。でも、泣かせたら消化不良みたいな感じ、しねえ?」
上目遣いでこちらを見上げる翔は、少しの憂いを秘めた瞳をしていた。
そんな姿もいつもと違いがあって、不謹慎だが愛しさが込み上げる。
「……翔は、優しいですね」
「当たり前だろ! 俺はいつだって優しいぞ!」
そう言って笑う翔はいつも通りの笑顔を浮かべているつもり、なのだろう。それでも少しいつもより元気のないような気がする。
「……トキヤ、ありがとうな」
「私は何もしてませんよ?」
礼を言われるようなことをした覚えはない。
「そんなこと、ない。いつもちゃんと見ててくれるし、今日話しかけてくれたのだってトキヤだけだった。ほんと、ありがとうな」
翔の口から出たそんな言葉に赤面する自分がいるのが分かる。隠すために空を見上げて話す。
「……翔」
ここには誰もいないのだ。何も臆することはない。
「これは、私が貴方を愛しているが故の我儘なんですから……気にしないでいいのですよ」
少しの驚きを隠せていない翔の表情は普段見ることが出来ないもので、少しの間時間が止まって欲しいと願った。
「ト、トキヤ……。あの、さ。俺も、トキヤのこと好きだし、大切に思ってるから、
だから、なんかあったら言えよ! 俺だって、お前のこと心配なんだからな……」
彼の口から出た言葉は普段聞くことのできない素直なもので、私ももっと言ってやろうと思ってしまった。
「……ありがとうございます、翔……。ですが、それは私の台詞ですよ?
貴方こそ、私の話を聞いてくれるばかりで、あまり自分のことを話してくれないでしょう?
何か不快なことがあれば、すぐに教えてくださいね?」
言いながら彼の頭を撫でると彼の顔はみるみるうちに赤くなっていき、その顔を見せまいとするように、顔を俯けた。
しかし言いたいことを見つけたようにパっと顔をこちらに向けると、赤いままの顔で話しだした。
「トキヤ……ありがとう。でも、俺は大丈夫だからさ! トキヤもなんかあれば言えよ? 絶対だぞ!」
「……ふふ、ええ。わかりましたよ。その代わり、そんな可愛らしい顔は私の前だけにしてくださいね……」
私はそう返して翔の額にキスを落とした。
.