真斗/レン

□夜空にまたたく星(るな)
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side/T



 あたしが泣いている理由なんか、しょうもないものだった。


 最近、思ったように歌が歌えない。


 ただ、それだけ。
 だけどそれが悔しくて悔しくて、でも何度練習しても自分の声を操ることができない。


 あたしのパートナーは、すごくむかつくやつだ。
 だけど、作曲家としてはホントに一流で、その腕を認めざるを得ないところが、またむかつく。

 パートナーが決まった一週間後に、おおよそ人間に不向きな程高音を出す曲を、あたしに渡してきた。
 元々あたしの地声は女性の中では低い方であったのに、だ。
 だがそんなことで「こんな曲歌えない!」と突き返すのも自分が負けた気がして嫌だったから、必死に練習した。
 何度も何度も、毎日練習しているうちに、驚くほどのスピードで高音域をマスターして行くのが分かった。

 でも、出るだけ。
 超音波の様な声が出るだけで、歌としてなっていないことは、火を見るより明らかだった。


 だからがむしゃらに練習した。
 起きてる時はいつも歌っていた上に、夢の中でも歌っていた。
 誰もいない森の中、真夜中の湖畔、小さなレコーディングルームの中。

 だけど歌えば歌う程、自分の歌が分からなくなってきた。
 その上喉も枯れるし、同室の春歌やクラスの友達に心配されるし、パートナーには怒られるし。



 今日は一段と眠れなかった。
 昼休みにパートナーと喧嘩したからだろうか。
 だからまた、誰もいないところで歌うことにした。


 なのに。


「どうしたんだい?」

 そんなとき、神宮寺さんが声をかけてきたのは、ついてなかった。


 こんなところまで来たのに。
 真っ暗で、人が好んで足を運びそうもない場所で、たった一人。
 しかも、泣きながら。



 歌っているうちに、どんどん感情が高ぶってきたのだ。

 どうして、思ったように感情を込めて歌えないんだろう。
 どうして、この場面では嬉しい気持ちを表現できないんだろう。
 どうして、どうして、どうして。

 それに加えて、この間のちょっとしたミスとか、宿題が思ったように解けなかったこととか、小テストの成績が悪かったこととか。
 小さな、だけど悲しくて悔しかった、どうしようもなかったもやもやしたものが、あたしの中で巡り巡った。
 ぐるぐる回って、最後には涙になって溢れてきただけのもの。
 ちょっと頭を冷やすことができれば、全然大したことないのに。



 あたしが泣いてる理由なんて、そんなしょうもないものだ。



 ああ、だけど。

 何も言わず、あたしを抱きしめてくるだけで、根掘り葉掘り聞こうとしない神宮寺さんって、卑怯じゃない。
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