そこにあるもの

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 今は生徒がだいぶ少なくなった放課後。わたしと一十木くんは寮に向かって一緒に帰っていた。というかわたしが送ってもらっていたのだけど。
 寮までの道が怪しいと話すと迷わず送るよと言われてそのまま一緒に帰ってきたのだ。一十木くんの部屋はわたしの部屋と近いのもあるから都合がいのだろう。
 一十木くんの熱い自己紹介の後、月宮先生はこの学校の制度について簡単に説明してくれた。
 なんでも作曲家コースとアイドルコースでパートナーを組まないといけないとかなんとか……。
 幸い一十木くんはサボり癖があるそうな人には見えないし元気だし何より格好良いから俄然やる気が湧いてきた。……不純かもしれないけど。
 それでも病院にいたときにテレビを見るくらいしかなかったわたしにはアイドルというのはとても憧れだったからその卵が身近にいるのはとても嬉しいことだと思う。

「……ちゃん、春歌ちゃん」
「あっ、一十木くん、ごめん、何、ですか……?」

 考え事に耽っていて一十木くんの話を聴いていなかった。慌てて返事をするが彼が怒っている様子はない。

「ちゃんと自己紹介し合いたいから俺の部屋来ない? ルームメイトも紹介するし」

 部屋に呼ばれるなんて考えていなかったから一瞬思考が止まった。

「あ、い、いいんですか?」
「うん! 来てほしいなっ」

 犬耳とふさふさとしたしっぽが見えてくるような笑顔を向けられたら断れない。わたしはお言葉に甘えてお部屋にお邪魔することにした。


 □


「お、おおおお邪魔します……」
「入って入って」

 わたしの部屋の斜め30°ほど右向かいの部屋が一十木くんとそのルームメイトの部屋だった。内装は一十木くんらしい明るい雰囲気と、もう一人の趣味であろうクールな雰囲気で纏められていた。

「たっだいまーっ、トキヤ!」
「音也……騒がしいと思ったら。その方は……?」
「うん、七海 春歌ちゃん! 今日やっと学校に来れるようになって、俺のパートナーだよ」

 一十木くんからトキヤと呼ばれた男子生徒は読書をやめて一十木くんを見て、隣にいるわたしを見た。
 わたしよりも少し年上に見えた。大人びて見えるのではなく本当に少し年上なんだろう。
 紺色に少しの紫を混ぜたような綺麗な色の髪に、同じ色の瞳をした「超」と「美」がつくような男子生徒。
 見るからに完璧主義で頭良さげな雰囲気が漂っていて、この二人がルームメイトとはにわかに信じがたい。

「そうなのですか。……音也が迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いしますね」
「あ、はあ……」

 よろしくとは言うもののかと言って手を差し出すわけでもなく、こちらを一瞥して読書に戻った。

「じゃあ、こっち座って話そう!」
「あ、ははははいっ」

 一十木くんに促されるまま、一十木くんのベッドに座る。わたしは一十木くんの左隣だ。
 ああ、ふかふかして気持ち良いなあ……。しばらく座っていたいというかもうむしろ寝たいなあ……。

「あの、一十木くん……」
「ん?」
「ちょっと、寝っ転がっていいですか?」

 思った願いをそのまま口にだしてみた。
 きっと引かれる。断られる。うん、言うんじゃなかった。

「いいよいいよ、疲れてるの?」

 と、思いの外色よい返事……というか推奨されてしまった気がするけど……。

「いや、あの、そういうんじゃないんですけど……。ふかふかしてて、気持ち良いなって思ったんです」

 わたしがそう言うと一十木くんは少し慌てたような表情をして、でもすぐ笑顔に戻って、そっか、と言った。

「じゃあ寝っ転がって話そうよ」
「はい、」

 ばふん、と空気の抜ける音がしてわたしと一十木くんは一緒にベッドに倒れこんだ。目の前に見えるのは天井だけだけど、横にいる一十木くんは構わず話し始めた。

「じゃあ俺から話すね。俺は一十木 音也。漢字は数字の一、数字の十、樹木の木で一十木! 音也は……音に他のにんべんが無いやつ!」

 実に分かりやすい説明で一十木くんは自分の名を名乗った。
 それならばわたしも名乗らねば。

「わたしは七海 春歌、です。漢字は、えっと、こう……書きます」

 いつも持っているメモとボールペンで名前を書いて見せた。

「可愛い名前だねっ、てか俺もそうすれば良かったなあ」

 さりげなく可愛いと褒められて顔がぼっと音を立てるように赤くなったのが分かった。
 それを悟られたくなくて、慌てて口を開いた。

「い、一十木くんは得意な楽器とか、あるんですか?」
「ギター! ギターが好きだよ! ちょっと待ってて!」
「あ、あの……」

 恐らく愛用のギターを取りに行ったのだろう、部屋の端の方へ小走りで取りに行って、少しして戻って来た。

「これ、俺が使ってるんだ。もう何年になるのかなあ……。10年以上使ってるかも」

 そう言いながらベッドに座る。ギターのフレットを抑えながら赤のピックで弦を弾いた。
 一十木くんらしい赤いピックは彼にとてもよく似合っていた。彼の赤い髪、赤い瞳ともとても似合っている。
 右隣から聴こえる優しい音色は多分即興だろう。それでも心が落ち着いてくる。
 意識がまどろみに融けていく。


 □


「……春歌ちゃん、春歌ちゃんっ」

「……んんっ……ふあ……は、あ、うえあっ!?」

 どこからか名前が呼ばれて、意識が覚醒した。目の前には一十木くんの顔。耳には一十木くんの声。ここは、一十木くんとトキヤさんの部屋……?

「おはよう春歌ちゃん」
「あ、あああ……わたし、寝てました……?」
「うん。ぐっすりだったよ。まあ、もう遅いから30分くらい寝かせてあげたけど……」
「さ、30分……!」

 周りを見渡して壁掛け時計を探す。覚醒しきってない重たい頭を回して壁伝いに見ていって見つけた時計が指す時間は午後9時。

「く、くくくく9時……! わたしってばなんて遅くまで図々しくもお邪魔して……」
「いいよいいよ、俺もトキヤも気にしてないから。ねっ、トキヤ!」
「……まあ、わたしには関係ありませんからね」

 トキヤさん(名字を訊き忘れたのだ)はいつもこうなのだろう。一十木くんは対応に慣れているのかそういう質なのか、明るく返した。

「トキヤは俺のルームメイトで春歌ちゃんは俺のパートナーだから関係あるって! ……そこまでだけど送るよ?」
「い、いやいや近いのに……」
「いいよ! じゃ、帰ろう。忘れ物とか、ない?」
「はい、大丈夫です!」

 どたばたと身支度を終わらせて二人の部屋から出る。

「では、お邪魔しました」
「…………」

 トキヤさんは相変わらず読書に熱中しているようだった。聴こえてるのかな……。
 ぱたんと扉の閉まる音がしてわたしと一十木くんはわたしの部屋に歩きだした。

「春歌ちゃんはルームメイト誰?」

 いつか訊かれるだろうと思っていた質問だから、すんなりと答えられた。

「あ、なんかあたしが入る前にもう退学してしまったらしくて……」
「え、じゃあ一人なの?」
「はい……」
「じゃあいつでも遊びに来なよ! 俺、大歓迎だからさっ!」

 犬耳としっぽがぱたぱたと動いているのが視える……これはきっと幻覚だって分かってるけど、どうしてもそう視えるのだ。一十木くん絶対前世は犬だ。

「あ、はい、ご迷惑じゃなければ、」
「じゃあ待ってるよ!」

 いつの間にかわたしの部屋まで着いていた。だいたい距離も無いので1分もせずに着くのだけれど。
 扉を開けて、玄関先で一十木くんを振り向いて話しかける。

「今日はありがとうございました。わたしが寝ちゃったせいで全然話せませんでしたけど……」

 申し訳なさ。せっかく誘って下さったのに。

「でも、一十木くんのギター、とっても格好良かったです! また、聴かせて下さい!」

 そのギターでわたしは寝てしまったのだけど、とても心地良かったのだから仕方がない。

「……ありがと。じゃあ今度、春歌ちゃんのピアノも聴かせてね」
「あ、あああはい……!」
「ははっ、じゃあね!」

 思わず赤面して何も言えなくなってしまった。一十木くんは気を悪くしなかっただろうか。

「……今日は楽しかったなあ……」

 またこんな機会があればいい。



→おまけ
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