そこにあるもの

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 わたし、七海 春歌は二ヶ月の療養を経て、憧れの早乙女学園に入学することになった。正規の入学式よりも一ヶ月程度遅い入学になる。
 小さいころからピアノを習い、音楽が身近にあったことで作曲家の夢を抱き始めて早4年。やっとこうして憧れの舞台への一歩を踏み出せた。

 新しい学校と、新しい友達、新しい環境。
 親に心配されながらも寮に入ることになり、少なからず独り立ちも出来たことによってからか、少しの解放感も感じていた。

 今日は五月某日。周りには早乙女学園の制服を着た生徒たちが溢れて、憧れの中の映像そのものの光景が広がっていた。

「はあ……すう、はあ……、よし、入るぞ!」

 深呼吸をして奮起して、いよいよ早乙女学園の正門をくぐった。


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 二人分のスリッパの音が廊下に響く。
 わたしは担任の月宮 林檎先生(♂)と共にまだ見ぬクラスメイトが集う教室へと向かっていた。

「春歌ちゃんは編入みたいにみられると思うけど、みんな良い人だから大丈夫よ。パートナーも、とっても良い子だから心配しなくていいわ」

 わたしよりも女らしい口調で語りかけるその様はやっぱり男には見えなかった。さすが今をときめく女装アイドルだ。
 こんな芸能人が教師をしているなんて早乙女学園はやっぱりすごい。

 一人で感慨にふけっているとわたしのクラスであるAクラスが目の前だった。中からは賑やかな話し声が聴こえてくる。

 ――どうしよう、

 ここまできて心臓が早鐘を打ち始める。
 溶け込めるかどうかがとても不安だ。今更誰だよって言われたらどうしよう、
 そんな弱気な気持ちを一蹴するかのように月宮先生は勢いよく教室の扉を開けた。

「おはやっぷー! 今日はみんなに紹介する子がいまーすっ!」

 廊下に隠れているわたしをちらりと確認して月宮先生は生徒たちに言った。
 途端、生徒たちから声が上がる。

「誰ー? 男? 女?」
「可愛い!? 何が得意?」
「コースはどこ?」
「はいはーい静かに! じゃあ春歌ちゃん、出てきていいわよ」

 まず顔だけ出して、恐る恐るといった感じで、というかまさにそうなのだけれど。
 短い歩幅でちょこちょこと教室に入って月宮先生の横に立つ。

「え、えと……七海 春歌です。作曲家コースです。よろしくお願いします」

 一気に言ってぺこりと頭を下げる。自分ひとりだけ遅れて入学して、受け入れて貰えるのかとても不安で、また恐る恐る顔を上げた。

「先生、質問!」

 赤い髪の元気そうな男子生徒が見た目通りの元気な声で見た目通りに元気に手を挙げた。

「何かしら一十木くん?」
「もしかして保留になってた俺のパートナーって、七海さん?」
「ええそうよっ!」

 ……ん?
 今この生徒と先生はなんと言ったんですかね……?

 目の前のやりとりを理解できずにその場に立ち尽くしていると、さっき月宮先生に質問していた男子生徒が席を立ってわたしの方を真っ直ぐ見て、

「俺、一十木 音也! 七海さんのパートナー! よろしく!」

 彼はまた元気そうに言った。
 嬉しそうな笑顔を満面に見せて。




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