真斗/レン

□夜空にまたたく星(るな)
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side/R




 例えばその涙は、星が自分の存在を主張するように輝いていた。
 例えばその歌声は、道標になるに相応しい灯りを湛えていた。


 例えばその笑顔は、儚く消えてしまいそうな星の灯り。




 歩くたびに周りの建物に反響する、靴の音。
 その音をも全て吸い込んでしまいそうな、群青の空。
 おおよそあまり好む人はいないであろう、空に広がる闇。


 そこに一筋、光が射したように感じた。





 出会ったのは、とある初夏の日のこと。


 早乙女学園でアイドルを目指す為、そろそろちゃんと練習をしなければいけないと思い始めた時のことだった。
 パートナーが妥協を許さない人であることが幸か不幸であったのか、彼女に言われるままに放課後からずっとレコーディングルームで練習をしていたのだ。
 24時を過ぎたころにやっとレコーディングルームから解放された。

 歌手の命ともいわれる喉が、枯れそうな程歌った。
 おそらくこれまでの17年間で、こんなに熱心に歌った日はなかっただろうと思うほどに。
 全身は疲弊しきっていて、出来ることならレコーディングルームでそのまま寝たい程の眠気に襲われていたが、
 体調管理が云々というクラスメートの言葉を思い出した為、寮への道をふらふらと進んでいた。

 だがこの疲弊は、これまで何にも一生懸命打ち込んだことがなかったことで初めて知った、いい疲れだったのだ。
 なんとなく、もやもやした気分を抱えている時に運動した後の様な、疲れているのに気分はすっきりしているような。


 そんな風に、珍しく心から上機嫌だった時、彼女とその歌に出会った。



 聞いているだけで涙が零れそうになってくる、心臓を鷲掴みにするような力強さが、その曲にはあった。
 泣きながら、それでも必死に自分の存在を歌っていた、一人の少女。

 既に暗闇に慣れた目は、それがルームメイトの友人であることを教えた。


 紅く豊かに波打つ、長い髪。
 何者かに挑むように真剣そのものである、赤い瞳。
 月の明かりしか射さない彼女だけのステージで、頬を伝い輝いている涙。
 ピンクのマニキュアで綺麗に整えてある爪に、力いっぱい握りしめられて皺が寄っている楽譜。

 そのすべてが何故か、神々しく見えたのだ。


 およそ普通の人間に出すことは難しいであろう音域の曲を、時に荒々しく時に繊細に、涙交じりに歌い上げた彼女は、ふと視線を辺りに滑らせた。
 真っ向から視線がぶつかる。



「神宮寺さん?」

 先に口を開いたのは彼女だった。
 ずっと立っていたことには気付いていないようで、たった今気づいたとでも言いたげに声を上げる。
 頬に流れるままにしていた涙を、慌てて拭っていた。

「やだ、居たなら行ってくださいよ。立ち聴きなんて趣味悪いですよ」

 あははは、と笑う声は、涙声だった。
 精一杯明るい声を出そうとしている努力が顕著になればなるほど、この少女が痛々しく、惨めで、切なかった。

「春歌と一緒に練習だったんですよね?練習は終わったんですか?」

 彼女は自分の親友の名前を出し、案ずるようになおも声をかけてくる。

「…ああ、そうだね」

 やはり、少し声が枯れていた。
 だがこれは、きっと、歌い過ぎたというだけではないように思える。



 そっと、彼女に近寄った。
 彼女はじっと俺を見ている。俺も彼女から目をそらさなかった。

 一歩踏み出す度に靴の下で鳴る芝生の音が、どこか遠くに聞こえてきた。


 世界には俺と君しかいないんだ、という月並みな台詞がドラマなどで多用されるが、今はまさにそんな感じだった。
 周りの音を吸い込む闇が、一層黒々と存在を主張し出したように感じた。
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