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水面から顔を出した時のように、意識は唐突に浮上した。
いつか見た真っ白い天井に壁、シーツ。
ここはどこだろう、と以前はかなり動揺したものだが、今回は意識もはっきりとしており前ほど慌てることはなかった。
仰向けのまま視線を天井に固定したまま瞬きを繰り返し、紫音はゆっくりと過去の記憶を遡る。
紫音の中で最も記憶の新しい日。
――あれは確か満月の日だ。
巨大な月がかかった空の下、紫音らは遊星たちと廃寮になったはずだった月光館学園の巖戸台寮に潜入した。
そして紫音たちは見えた。
立ちはだかる桐条の令嬢と、再び現れたあの影のような異形のモノに―――
「おお、気がついたみてーだな」
病室の引き戸が開く音とともに響いたその声に、紫音は上体を起こしてそちらに顔を向けた。
明るい顔で入室してきた5D'sのメンバーを、紫音は軽いデジャビュを感じつつも会釈して迎えた。
「見たところ、顔色はよさそうだな」
遊星の言葉に、紫音は少し考えてからうなずいてみせた。
熱っぽい感じも無ければ、気分も悪くない。
知り合いの先輩ではないが、むしろ凝り固まったこの体をほぐしたいくらいだった。
「そうか。
もう腕は動かせるか?」
ーーー腕?
一瞬考えて紫音ははたと思い出す。
そうだ、自分がここにいる一番の理由は、あの満月の夜に腕を貫かれたことによる失血が原因だったのだ。
聞かれるまで完全に忘れていた自分の間抜けさを呪いながら、紫音はおそるおそる右腕を持ち上げた。
しかし紫音の思惑とは別に右腕は拍子抜けするほどひょい、と軽快に上がった。
そのままゆっくりと握ったり開いたりを繰り返したが、貫かれたという事実など存在しなかったように腕は紫音の意思通りスムーズに動いた。
それを見た紫音を含めた一同は、ほっと安堵の息を漏らしたのだった。
「よかった〜、紫音。
オレどうなっちゃうかと思ったよ。
腕が動かないとデュエルしづらくなっちゃうもんね」
「アキさんの止血処理が早かったのだってあるわ」
「そ…そんなことないわ。
近くに大きな病院があったから、処置が早かっただけよ」
続いて飛び出した安堵の声に病室はにわかに騒がしくなったが、突如がらり、と開いた扉の音に皆は示し合わせていたかのようにひたりと口をつぐんだ。
同時に彼らの顔に、先程とは打って変わった険しい表情が浮かぶ。
「そろっているようだな」
すでに聞き慣れた彼女の低い声に、紫音は知らず口を引き結んだ。
戸口に立っていたのはあの夜に再会を果たしたばかりの先輩、ーー桐条美鶴だった。
美鶴はサンダルのヒールを、上品に鳴らして入室してきた。
そんな美鶴の優雅な挙動の中の不審な点を見逃すまいと、遊星たちは警戒心も露に睨めつけている。
そして美鶴も無言でこちらに視線を送っている。
それは遊星たちを飛び越えて真っ直ぐ紫音へと注がれていた。
絡み合う視線。
一触即発の空気。
限界までふくれあがったそれは、後は爆発するのみとなる。
ーーーなにをしにきた
口火を切って落とすべく、そんなふうに遊星の唇が震える、一瞬前。
「あら?あなたたち……」
「ん?お前ら、何でこんな所に?」
聞き覚えのない新たな声が、病室に木霊した。