シリーズ
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「もう嫌だ…」
ポロポロと涙を流しながら司狼は弱音を吐いた。
きっかけは三ヶ月前に転入生が来たことだ。
生徒会の仲間達はその転入生に惚れてしまい、それ以来仲間達は生徒会の仕事を放棄し転入生の尻を追っかけ続けている。
ただでさえ他校の生徒会よりも遥かに多い生徒会の仕事は、役員全員が力を合わせて何とかこなしていたというのに皆揃って仕事を放棄したせいでその全てを司狼がこなさなければならなくなっているのだ。
日に日に増えていく仕事量。
ギリギリで期限は守っているがそれでも今までよりも遥かに遅く、そのことで何人かの人間には嫌みを言われる。
けれどそれは事実だからこそ反論も出来なくて。
睡眠時間はほとんど取れず、授業に出ることも叶わない。
たった一人誰もいない生徒会室で仕事をし続けるのは限界だった。
「もう無理だ、嫌だ…」
会長として選ばれたからにはやり通したかった。
生徒達の期待に応えたかった。
けれどもう疲れたのだ。
仕事のことだけではなく、一人でいることに疲れたのだ。
「会長」
不意に声をかけられ司狼はびくりと肩を跳ねさせる。
夜の校舎に自分以外の人間がいるとは思っていなかった司狼が恐る恐る声のした方を振り返ると、そこには凡庸な顔をした生徒が一人立っていた。
短めの艶のある黒髪に少し垂れた目をしたその生徒がよく転入生の隣にいる生徒だと司狼はすぐに気づいた。
その生徒は自分の仲間とは違い、好んで転入生に近づいているようには見えなかったため、やけに印象に残っている。
「柿島夕兎か…。もう寮の門限は過ぎてるだろう、早く帰れ」
そう言いながら制服の袖でぐいと涙を拭う。
己の弱いところを誰にも見せたくなかった。
だが司狼のそんな思いを知ってか知らずか夕兎は司狼の腕を掴んでそれをやめさせた。
「何をする、離せっ」
そう告げれば夕兎は腕は解放したがそのまま司狼の目尻にその手を添えた。
滲んだ涙を拭うとそのまま司狼の身体を抱きしめる。
それに慌てたのは抱きしめられた司狼だ。
殆ど接点のない、自分よりも小さい男に抱きしめられるなんて司狼の理解の範疇ではない。
けれど、久しぶりに感じた他者の温かさはじんわりと司狼の心を癒していく。
「会長。…よく一人で頑張りましたね」
告げられた言葉に司狼は目を見開く。
嫌みを言うでもなく、夕兎は司狼の頑張りを認めてくれた。
「僕は一般生徒ですからあんまり力になれませんけど多少ならお手伝い出来ます。よかったら僕に会長のお手伝いをさせてくれませんか?」
「てつ、だい…?」
「はい。貴方が一人で全て背負わなくてもいいように、一緒に背負っていけるように。お手伝いさせていただけますか?」
“一緒に”
それは司狼が一番望んでいた言葉。
何よりも求めていたもの。
「ふ、…っ」
ぼろぼろと涙が溢れる。けれどもそれは先程の悲しい涙とは違う、喜びから来る涙。
司狼は涙を流しながら何度も何度も頷く。
そんな司狼を抱きしめながら夕兎は小さく微笑んだ。
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市塚司狼→生徒会長。俺様なはずだが最近は泣き虫になってきた。
柿島夕兎→脇役平凡。司狼の健気さに心奪われた。