君がいるから
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「で、誰狙いなん?」
「は?」
何だかよく分からないまま氷帝の方へ連れて行かれた私に、丸眼鏡のお兄さんがそう言った。
誰狙い?なに?
首を傾げると、丸眼鏡のお兄さんは嫌そうに顔を顰める。何だこの人。失礼だな。
「何や、ミーハーじゃないアピール?俺そう言うん一番嫌いやわ。梶原よりはマシやっちゅーだけで、俺等はあんたを認めとる訳ちゃうからな。立海もマネージャー入れるとか頭おかしいやろ」
「すみません、もう一回言ってください」
「どっからやねん!俺めっちゃ喋ったぞ!」
いや、聞いてなくて。
すみませんと頭を下げると、「気にせんで」と快く許してくれた。なに?怒ってたんじゃなかったの?
「えーと、何の話しとったっけ?」
「え?誰狙いだとか何とか……」
「せやせや、思い出した。え、ちゅーか聞いてなかったん?嫌やわあ。そのうち泣くで。涙脆いねん、侑士くんは」
「あー、分かります。丸眼鏡の人って涙脆いですよね」
「それ偏見」
あっはっはと笑いながら、忍足さんは丸眼鏡を指で上げた。何だか様になっている。って、あ。マネージャーの仕事しないと。
「じゃ、私ドリンク作ってくるんで」
「おー、おおきに」
「いえいえ」
「頑張りやーって、待て待て」
「え?」
引き止められた。
もう何なんだ、て言うか誰なんだ。氷帝の人達の紹介、ちゃんとしてもらってないんだけど。
「俺ムカついててん!流さんといて!」
「勝手に流されたんじゃ……」
「そんな事言わんといて!」
「……はあ」
「溜め息吐かんといて!」
「もー、やめろよ侑士ー。困ってんじゃん」
と、にゃあにゃあ騒ぐ丸眼鏡のお兄さんを、誰かが止めてくれた。
振り返ると、ワインレッド色のおかっぱの髪をぴょこぴょこ揺らしている男の子がいた。……かわいっ!
「ごめんなー。侑士、女に付きまとわれて女嫌いになってんの。モテるからって嫌味な奴だよなー」
からからと笑いながらそう言う美少年。超好印象。なんて可愛い男の子なんだ。
「そうなんですか、嫌味ですね」
「だろー?」
「やめろ、泣くぞ」
「侑士ってば泣き虫だから!」
「男にモテる岳人には言われたくありませんー」
「殺すぞ」
「泣くぞ」
仲良しなんだね、分かったよもう。身長差が可愛いよもう。分かった分かった。
でも、美少年は顔の割に毒舌というか、男らしいな。丸眼鏡のお兄さんは女々しい。
と言うか、泣くぞって言うのは脅しなのか。お前はぼうちゃんか。
「あ、高木だっけ?俺、向日岳人。よろしくー」
「俺は忍足侑士な。よろしゅう」
「あ、よろしくしてくれるんだ」
「いや、ほんまは女の子と仲良うしたいねん」
照れたように頭を掻く忍足さんを無視して、こちらを泣きそうな目で見つめている丸井に手を振った。可愛いなあ、泣かないで丸井。切原くんは既に泣いていた。
「柚葉ー!」
「柚葉先輩ー!」
「帰ってきてー!」
最後のは幸村くんである。
えええ。幸村くんがじゃんけんで負けたから氷帝に渡されたんだよ。幸村くんは仁王に叩かれていた。
今気付いたけど。梶原さん、柳生くんに抱き付いてるね。
「おい、聞いてんのか雌猫」
「は?」
丸井達に目を捕らわれていると、不機嫌そうな声が聞こえた。顔を上げると、不機嫌そうな跡部くん。うわ、気付かなかった。
あれ、忍足くんと向日くんはどこに行ったんだろう。辺りを見回すと、何故か落ち込んだ雰囲気の忍足くんがコートの隅っこで体育座りをしていた。向日くんはその背にもたれている。
……何してるんだろう。
「時間が勿体ねえ。この紙を見て部員の名前を覚えろ」
「あ、はい」
それだけを言うと、跡部くんは私に一枚の紙を渡してスタスタと歩き去っていった。
練習試合が始まるらしい。やば、ドリンク作らないと。ドリンクの作り方は勉強してきた。
「よし、初マネージャー頑張るぞー」
「頑張ってー柚葉ちゃん」
「へっ」
どん、と後ろから衝撃を受けた。丸井か!いや、声が違う。て言うか呼び方が違う。そう思いながら振り向くと、ふわふわの金髪が見えた。えっ誰?
「んー、俺柚葉ちゃんの事すきー」
「え、ありがとうございます。えっ、どなたですか?」
「ジロー」
「ジロー……苗字は?」
「教えたら苗字呼びするから教えなーい」
「………」
えっ、何なの?
何でいきなり抱き付いてきたの?あれか、ドッキリか。慌ててキョロキョロとしてみると、跡部くんの生暖かい視線を受けた。子供を見つめる親みたいな視線。何だよ。
丸井は……うわ、地獄に落とされたみたいな顔でこっちを見ている。幸村くんは「あわわわ」と言いながら真田くんの手を握っていた。え、どうしたの。
「えへへー、柚葉ちゃん」
「え、あ、はい」
ジロー、くんは、私を見つめる。真っ直ぐに真っ直ぐに、他のものなんて見えないように。
そして、ひどく懐かしむように目を細めた。
薄い唇が、ゆったりと開かれる。
「柚葉ちゃんは、相変わらずだねえ」
優しい声音が、鼓膜に響いた。
「――え?」
「変わらないね、柚葉ちゃん。だから好き。だから大好き」
「じ、ジロー、くん」
「……あは」
私を知っているような口振り。突然の状況に、全くついていけない。戸惑ったままの私に、ジローくんはふんわりと笑った。
「ずっと、そう呼ばれたかったんだー」
嬉しそうに、ジローくんは言った。
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