しょーとすとーりー
□拍手を。
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拍手を。
吐く息も段々と白くなってきたこの季節。俺は日が沈みかけている帰り道を一人で黙々と歩いた。
いつもは皆と帰るのだけど、今日は何故か皆バラバラで帰った。何でだろう。
それにしても、今日の部活は最悪だった。
ジャッカルは動かないし仁王は膝を抱えて座り込んでるし。赤也なんかは部活に来なかった。なのに、誰も注意しない。
何やってんだよ、皆。
部長の俺がしっかりしてないからかな。そう思うと、何だか気が重くなった。
はあ、と溜め息を吐いた時、ふと目の前に誰かが現れた。
「幸村君」
丸井だ。俺の名前を呼んでにっかりと明るく笑うその姿に、気が抜けた。
そういえば、丸井も今日部活に来ていなかったな。
「何してるんだい?」
「んー、散歩」
呑気な奴。じとりと丸井を睨む俺の視線を気にも止めず、丸井は俺の隣に並んで歩き出した。
「2人で歩くとか久々じゃね?」
「ああ、確かに。いつも皆一緒だもんね」
「あ、でもまだ一週間ぶりだ」
「そうだっけ」
一週間前、丸井と2人で帰ったっけ。全く記憶にないな。やばい、俺もう老化始まってるのかも。
ぽつりぽつりと話しながら曲がり角を曲がると、いくつもの花束が置いてあるのが目に入った。
少し驚いて立ち止まる。そして、花束を指差して丸井を振り返った。
「……ここ、事故でもあったの?」
「うん。一週間前に」
少し眉を下げてそう言う丸井に、俺も眉を下げた。うわあ。この道、いつもの帰り道なのに。
全然知らなかった。知らなかった?うん、知らなかった。知らないはずだ。事故なんて。
「幸村君」
花束から目を離せずに立ち止まったままの俺の背に、丸井は声をかけてきた。でも俺は振り返らない。
「幸村君、一人で頑張っちゃうタイプの人だけどさ、たまには皆を頼った方が良いぜ」
何の話だよ。そうは思っても、何となく口を開いたら駄目な気がして、黙っておく。
「幸村君は、一人じゃないんだからさ」
幸村君には、皆がいるよ。
そう言って丸井は確かに笑った。顔は見ていないけど、確かに笑った。
ねえ丸井。何でそんな話するんだよ。いつもみたいに、お菓子の話でもしてくれたら良いじゃないか。
何で。お前に真面目な話は似合わないんだよ、馬鹿。ばかばかばかばか。
「……丸、井」
振り返らなかったのは、全部終わってしまう気がしたからで。現実逃避ばかりの俺は、怖かったからで。
何故か分からないけど涙が溢れる目を隠そうともせず、振り返った。
「……丸井」
そこには、誰もいなかった。
ああそうだ。思い出した。嫌で嫌で怖くて怖くて、記憶の奥底に隠していた事実を。
一週間前、丸井はこの場所で、俺達の手の届かない所に行ってしまったんだ。
ぽつぽつと目から流れる涙が花束を濡らす。何だか丸井が泣いてるように感じて、無性に悲しくなった。
ねえ、丸井。丸井が言った、俺の側にいてくれる「皆」の中に、丸井は入ってるの?
きっと、その答えは。
これ以上考えたくなくて、そっと目を閉じた。そしたら、記憶の中の丸井は明るく笑っていてくれる。
「……もう、部室でお菓子食べても怒らないから……」
帰ってきてよ、丸井。
拍手を。
お芝居は終わりだ。
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