しょーとすとーりー

□人は、
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氷帝テニス部にマネージャーができた。

最近転校してきたばかりなのに、すぐに跡部達に好かれた女。化粧濃いし香水臭いしぶりっ子なのに。

あれなら他の女子の方が絶対可愛いし良い子なのに、テニス部の連中は皆あいつに夢中になった。しかもレギュラーだけ。

侑士はヘラヘラしてるし、ジローは寝ないし。あの日吉までもがあの女の気を引こうと必死だ。

しかも皆、テニスしないし。

侑士にダブルスの練習しよーって言ったら睨まれた。テニスなんかしてる暇ないって怒られた。

跡部は金使いまくって権力使いまくって、あの女を自分に惚れさせようと頑張ってる。

準レギュラーは不満タラタラだし、どんどん皆弱くなっていくのに、監督もあの女に夢中だから注意しないし。

泣ける。

「岳人ぉ、何で泣いてるのぉ?」

お前のせいだよ。てか何で名前で呼んでんだよ。話しかけてくんなよ。

「あたしぃ、レギュラーの中で岳人が一番好きだからぁ」

「何言って……」

俺は嫌いなんだけど。つーか何か怖いよこの女。侑士助けて。とにかく怖くなって逃げた。

そしたら、次の日跡部達に呼び出された。

何かと思ったら、跡部は一言。

「お前はレギュラーから外す」

目が点、みたいな。何で?って跡部に掴みかかったら、跡部は俺を突き飛ばした。

「まりんがお前のことを好きだと言ったからだ」

は?思わず間抜けな声が出た。まりんって誰?ああ、あの女か。つーかおかしくね?あの女が俺のこと好きだったらレギュラー落ちすんの?

呆然としていたらいつの間にか皆に囲まれていて、酷い暴力を受けた。

まりんを誑かすな。

まりんに手を出すな。

まりんは俺のものだ。

まりんの前から消えろ。

お前はいらない。

お前は邪魔だ。

お前は死ね。

皆が俺を心底恨むようにそう言った。何だこれ。皆おかしい。

腕をへし折られた。片耳を千切られた。片目を潰された。足を根っこから折られた。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「……何で……?」

答えなんて返って来ないけれど。

***

ふと気がつくと、俺は線路に立っていた。

無意識に死のうとしていたみたいだ。

足もほとんど動かないし視界もめちゃくちゃ狭いのに、ここまで歩いて来るなんて無意識ってすげえ。

なんて思う余裕もなく、もうほとんど無い感覚も心も純粋に死を求めていた。

死のう。だって皆おかしいし。跡部怖いし侑士怖いし。痛いの嫌だし。味方いないし。

そんなこと考えてたら電車がきた。ごうごうと迫ってくる電車に、安心感を抱く。

「……何、しとんじゃ!」

あれ、何か聞こえた?あれ、電車が目の前を通り過ぎた。あれ、何で死んでないんだ?あれ、何で尻餅ついてるんだ?

あれ、何でこいつがいるんだ?

「仁王……?」

「氷帝の向日じゃな。何しとん」

「え、自殺」

やべえほとんど声出ねえ。声帯潰れかけてんの?あ、鳳に首絞められたからかな。

「何で自殺なんか……というかその怪我何じゃ」

「何でって」

「とりあえず家来んしゃい」

何でか東京にいる仁王に首を傾げつつ、電車に乗って神奈川に行った。病院は跡部が手を回しているらしく、追い返された。

感覚が無くて歩けないので仁王におぶられていた俺は、いつの間にか意識を失っていたらしい。貧血か何かかな。目覚めたら仁王の家らしき場所だった。

治療はしっかり施されていた。仁王がしてくれたのかと尋ねたら、さっきまで来ていた柳生がしてくれたらしい。何なのあいつ医者なの?

「そんで、向日。何があったんじゃ?」

「あー……」

全部話してみた。

そしたらかなり驚かれた。まあ天下の氷帝の堕落だもんな。仕方ない。

「どうするん」

「知らね」

「俺ん家住めば?」

「いーの?」

「一人暮らしじゃし」

「やった」

「ほんで立海通えば?」

「えーもう学校はいーよ」

「えー。うちのマネージャーしてほしい」

「意味わかんねー」

感覚が戻ってきたのか体中痛いけど、心の方は相変わらず。何か悲しくも楽しくもない。さっきからずっと無表情なのが自分でも分かる。

とりあえず住む場所はできたし、もういーや。

まあ恩返しとして、もうちょい体が動くようになったらマネージャーしてやろっと。

氷帝?知らね。あーでもちょびっと寂しいかも。早く元に戻んないかな。皆のばか。侑士のばかばか。

とりあえず、何で仁王が助けてくれたのか分かんないし、何でこんなに親切なのか知らないけど、何だか眠くなってきたからもう良いや。

俺が眠りについたのは、あの女がマネージャーになって以来初めてだった。

***

俺が仁王の家に住み始めてから1ヶ月がたった。それは俺が氷帝を追い出された月日でもある。

俺はもうテニス出来ないから、仁王に言われた通り立海でテニス部のマネージャーをしている。

あの女と同じマネージャーってのが嫌だけど、まあ恩返し恩返し。

立海は皆良い奴ばっかり。丸井と切原は面白いし、桑原はお人好しだし。幸村と柳は優しいし、真田と柳生は過保護だし。そんで仁王は命の恩人だし。

最近ようやく表情が戻ってきて、あの時死ななくて良かったと思えるようになった。

そんな風に立海の温かさに触れていると、氷帝のことがどんどんどうでも良くなっていった。

だってあいつら俺のこと嫌ってるし。幸村が氷帝なんか忘れろって言ってくれたし。

「岳人。好きじゃ」

「さんきゅー」

仁王はスキンシップが増えたけど。何かあの女が氷帝に来る前の侑士に似てる。

ちなみに、俺は右足と左腕動かないし、右耳と左目は無い。あいつらどんだけ片方だけ潰すの好きなんだ。

「岳人ー」

「んー?」

「あっち行こー」

丸井が俺の腕を引っ張ってコートを出た。何の用だろう。時々こういうことがある。まだコート整備してたのに。

何となく後ろを振り返ると、跡部の姿が見えた気がした。まあ、あいつが立海にいるはずないけど。

とか考えてたら何か怒鳴り合うような声が聞こえた。幸村と真田の声。それと跡部と侑士らしき声。何やってんだ、あいつら。

まあ、もう俺に関係ないけど。

「岳人大好き。ずっと立海にいろよ」

「岳人は俺のじゃけどな」

「仁王先輩ずるいっす!」

もう、俺にはこいつらがいるだけでいいよ。

氷帝の奴らなんて、もういらない。

そう考えたら何だか笑えた。


(氷の帝国の泣き声が、)

(俺の名前を呼んだ気が、した)



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