しょーとすとーりー

□つめ
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靴箱を開くと、白い封筒が入ってた。

「何やこれ」

一瞬ラブレターかと思ったけど、ただ何かを紙で包んだだけみたいな印象やった。

上下に軽く振ると、中に何か入ってるようでカサカサと音がする。

「何それ。謙也にラブレター?有り得んわ」

「やかましいわ」

横にいた白石が笑いながら封筒を指差す。有り得んって何やねん。俺かてラブレターくらい貰うわ。

「開けんの?」

「んー」

何となく躊躇われる。何でやろ。封筒が真っ白やからかな。関係ないか。

けどもしほんまにラブレターやったらアレやし、恐る恐る開けてみる。

「……ひっ、」

ぐっと悲鳴を飲み込んだ。白石も息を飲んだのが分かる。

封筒の中に入っとったのは紙でも何でもない。

爪、や。

それも、無理に剥がしたんか血がべっとりついた、生々しい一枚の爪。

「……何やねんこれ……」

「……お前、誰かの恨みでも買っとんちゃう?」

ラブレターならぬカミソリレターっちゅーことか。有り得ん。恨み買う真似なんかした覚えないし。

すぐに爪を封筒に戻して、靴箱の近くのゴミ箱に投げ捨てた。

「あかん……ほんま気持ち悪い」

「……熱狂的なお前のファンか、お前のことめっちゃ嫌っとる誰かやろな」

「そんなに好かれることした覚えも嫌われることした覚えもないっちゅー話や……」

「……ま、こんなん忘れて元気出しや」

ぽんぽんと肩を叩かれ、段々と落ち着いてきた。まだ気分悪いけど。

こんな思い二度としたくないわ。

そう考えとった次の日。

「……またや」

また靴箱に白い封筒が入っとった。あかん、見ただけで吐き気する。

「……ちょお中身確認するわ」

白石が封筒を手に取って中身を覗く。ほんで顔を顰めた。

やっぱりまた爪らしい。何なん、爪剥がすとか絶対痛いやろ。気ぃ狂っとん?

「中身見んとき」

白石はそのままゴミ箱にそれを捨てた。ああ、白石がおってくれて良かった。

ちゅーか、犯人誰やねん。こんなん毎日続いたらほんま精神病むぞ。

「……謙也」

「何やねん」

「犯人……財前ちゃうかな?」

「はあ?」

いきなり白石が言った言葉に、目を見開く。それこそ有り得んやろ。

やって財前は俺のダブルスのパートナーやし。あいつ生意気やけど悪い奴やないし。こんな陰気なことするわけない。

「俺もこんなん言いたないわ。けどな、昨日から財前部活休んどるやろ?」

「おん。手ぇ怪我したんやろ?」

「せやねん。怪我。このタイミングで手の怪我やで?しかも、あいつ朝練休んどんのに、かなり早く学校来とんねんて。俺等より早く」

それが何やねん。と言いたくなった。でも、確かに辻褄は合う。

手ぇ怪我しとって、俺等より早よう学校来とる。何それ、疑わしすぎやろ。疑いたくないけど。

「明日、またこんなんあったら、財前呼び出して話聞こ」

「……分かった」

そんなん有り得ん有り得ん。笑い飛ばしたらええのに、微妙に精神参っとる俺は財前を疑うしか出来んかった。

次の日、また封筒が入っとった。

見た瞬間吐きそうになって口押さえる。あかん、ほんま嫌や。もう学校来たない。

白石が黙って封筒の中身確認して、何も言わんと捨てた。また爪入っとったんや。

1日1枚って何やねん。気持ち悪いわ。

「……財前とこ行こか」

「……おん」

あああもうあいつ何しとんねん。爪剥がすとか気狂っとるやろ。あほ。テニス出来んなるぞ。

ちゅーか何なん。俺のことそんな嫌いやったんか。そんなら口で言えや。

混乱する頭で既に財前が犯人やと決めつけた。

黙々と歩くうちに、財前に対する怒りが沸く。

「あれ、部長と謙也さん。何しとんすか」

家庭科室の前で、今まさに探しとった財前が俺等に声かけてきた。

ちらりと財前の手を見る。左手はポケットに突っ込んどるから分からんけど、右手の指3本に包帯が巻かれとった。

そのことに息を飲んだ時、ばちりと財前と目が合ったけどすぐに逸らされた。

後ろめたいことでもあるみたいな反応。

「……やっぱり、お前か」

「は?」

首を傾げる財前に、ふつふつと嫌悪感と怒りが沸いてくる。

「何やねん!言いたいことあるんやったら顔見て言えや!気色悪いんじゃ!」

感情のままに怒鳴ったら、財前は目を見開いたまま固まった。

その表情に腹立って掴みかかろうとしたら、白石が俺の前に立って制止する。

「……財前。謙也がどんな思いしたか分かるか?二度と謙也の前に現れんな」

「……は、ちょお、何の話……」

「退部届は俺が出しとくから。部員の気ぃ悪くさせる奴はいらん」

戸惑ったように眉を寄せる財前に、白石は冷たく吐き捨てて俺の腕を引いて去って行った。

良かった、これで一安心や。

もう財前のことは忘れよ。あいつがこんな気色悪い真似する奴やとは思わんかった。

「まあ、またこんなことあっても俺が守ったるわ」

「おおきに」

白石への信頼がかなり高まった。ほんま白石ってええ男やわ。こんな出来る男なかなかおらんで。

そんなん考えながら1人頷いとったら、白石が少し顔赤くして頭を掻いた。何やねん。

「……これ、告白やで」

「……はあ?」

「あーもー。返事いらんから。忘れて」

そっぽ向いた白石に、何かよお分からんけど笑みが浮かんでった。ああもう、しゃあない。

「しゃーないから付き合うたるわ」

「は?まじ?」

「何やねん。疑うなや」

「ちゃうわ!めっちゃ嬉しいねん」

へらりと笑った白石が何か可愛くて、何や幸せな気分になった俺は、なーんも知らんと笑った。



(そう、何も知らなかったのです)

(財前が手を怪我したのは、俺の誕生日にケーキを作ろうとして失敗したからやってことも)

(財前が朝早くに学校来とったんは、家庭科室で女子にケーキの作り方教わっとったからってことも)

(白石の腕の包帯が、指先まできっちり巻かれとったことも)

(白石が歪に笑っとったことも、何も)

(無知は全てを崩壊させる)



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