しょーとすとーりー

□病的ミーイズム
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病的ミーイズム

向日嫌われ。

忍足と向日の中身が入れ替わるお話。

ああ、あいつまた殴られとる。

あいつ、向日岳人。俺の元ダブルスのパートナーで、今の嫌悪対象。俺だけやない、氷帝の全員が嫌っとる。

何故か言うたら、あいつが氷帝マネージャーの銀山レモンを殴ったからや。

レモンは俺らの姫さんで大事に大事にしとるのに、あいつは気に入らんとかいう理由で簡単に傷付けた。ほんま腹立つわ。

もう3ヶ月も前のことやけど。未だあいつはレモンを傷付け続ける。

学習せん奴やなあ。もうあいつへの暴力は日常化しとる。

俺も向日(名前で呼ばんなったんはいつからやろか)を一発殴ろうと思たら、今日の制裁は終了しとった。おもんな。

気絶して倒れとる向日を覗き込む。うわ、まじまじと見たら傷とか痣とかすごいな。ええ気味やわ。

「、ん……」

「っ」

びびった。向日がいきなり目ぇ覚ました。

向日は俺の顔をぼーっと見つめとる。何やねん。苛々したから殴ろうとしたら、向日はいきなり目を見開いた。

ほんで勢いよく上半身を起こす。

「いっ!」

「っ!」

がつんと鈍い音がして、頭に激痛が走った。ああ、向日がいきなり頭上げるからぶつかってんな。ほんまろくなことせん。

腹立って睨もうとしたら、体に激痛が走った。え、何これ。痛いやばいめっちゃ痛い。

感じたことのない痛みに顔歪めて、ようやく顔を上げる。ほんで心臓止まるかと思った。

「……え……?」

「なっ……」

目の前に、俺がおった。目ぇ見開いて間抜け面した俺。慌てて自分の方を見たら、全身傷だらけで、しかもちまっこい。

うわ、これって。

「入れ替わったんか……?」

有り得へん有り得へん有り得へん。

非科学的やし大体何でよりによってこいつとやねん。大嫌いな奴となんか関わりたくもないのに。

殴りつけたいけど、向日は今俺の体なわけやから殴れへんし。ああもうほんまふざけんな。

「おい、向日」

「……な、に」

「お前家籠もって絶対出んなや」

戸惑う俺の外見をした向日にそう吐き捨てて、俺は痛い体を引きずって向日ん家に帰宅した。

向日の家族は全員俺のこと無視。家でもこんなんやねんな、ほんまええ気味。

明日から必死で元に戻る方法とか調べなあかんな。ああめんど。ちゅーか俺、向日の姿やから学校行ったらやばいんちゃうか。

***
案の定、学校行ったらいきなり跡部達に囲まれて殴られた。

痛いなほんま。何で俺がこんな思いせなあかんねん。

容赦なく蹴ってくる跡部。樺地。日吉。鳳。滝。宍戸。ジロー。

あかん、結構仲間に殴られるってきついんやな。

向日、いつもこんな思いしとったんか。

……あかん、何考えとんねん。情なんていらんねん、あいつには。

ようやく暴力が終わって、痛い体を動かすなんて無理やからそのまま寝転がる。あー痛い。はよ自分の体戻りたいわ。

そんなん考えとったら、誰かが俺のすぐ側まで近付いて来た。

「……レモン……?」

そう、レモンや。俺の愛しいレモン。そのはずやねんけど。

いや、なんで笑とん?何その可愛くない顔。

「あははっ!いい気味だよ向日くん!ダブルスのパートナーだからって忍足くんに近付くから悪いんだよ?でも可哀想だよねー、向日くんは何も悪くないのに皆に裏切られちゃって!」

誰や、これは。げらげらと笑うレモンは俺の知っとるレモンやない。

嫌悪感が沸々と浮かんでった。気持ち悪い何やねん気持ち悪い気持ち悪い。

ちゅーか今の、向日は何も悪くないって何や。向日が俺に近付いたからどないしてん。何なん?向日、お前何があったんや?

「じゃあ、今日も嵌めてあげるねー」

「え……?」

「きゃぁああぁああぁっ!」

思い切り自分の顔叩いたレモンは、悲鳴をあげた。いつもみたいに。

……いつも、みたいに?

「どうした!」

「またお前かよ、向日!」

走って来た跡部達にまた殴られる。けど、もう痛みなんて感じんかった。

やって向日――岳人の方が痛かったから。

思い出してみたらいつもそうやった。岳人は何もしてないって言っとった。信じてくれって言うとった。

何で信じんかってん。助け求められとったのに、何で気付けへんかってん。何で気付いたらんかってん。
ごめん、ごめんな岳人。

頬を血が混じった涙が伝った。

「侑士!」

と。俺の声で俺の名前を呼ばれた。痛いうえに重い瞼を持ち上げたら、心配そうな俺が目の前におった(何か変な表現やなあ)。

ちゅーか、家籠もっとけ言うたのになあ。まあもうそんなんええねん。

痛い体を起こそうとしたけど、やっぱり無理やから寝転がったまま。ほんなら岳人が頭近付けてった。

「ちょっと我慢しろよ」

「は……?」

意味分からんこと言う岳人は、少し勢いをつけると思い切り俺の頭に自分の頭をぶつけてった。

痛い。やばい、めっちゃ痛い。チカチカ光る視界。頭を押さえながら顔を上げたら、

「あ、?」

俺の目の前に岳人がおった。

驚いて声も出ん俺に、岳人は寝っ転がったままの体制で嬉しそうに笑た。

「よっしゃ!戻ったぜ、侑士!」

「あ……おん」

せや、戻ってん。

一応体を確かめても、何も異常とかないしいつも通り。うわ、何やえらい簡単に戻ったな。

って、感動しとる場合ちゃうねん。

「……岳人」

「ん?」

……何で普通に反応すんねん。俺昨日までお前のこと向日って呼んどったんやぞ。お前のこと嫌っとったんやぞ。

やのに、何で笑てくれるん。返事してくれるん。

無性に泣きたなったけど、今は泣いてええ時ちゃう。そう思て泣くん堪えた俺は、岳人に頭を下げた。

「ごめん、ほんまに」

「……何が」

「レモンのこと」

そう言うたら、岳人は目見開いた。ほんでまた勢いよく上半身を上げる。今度はぶつからんかった。

「……あー、知っちゃった?」

「……ごめん」

「いや、何か。うん、そっか」

謝るしかできん俺の耳に入るんは、岳人の曖昧な声。その声は段々と揺れてく。

ゆっくり頭上げたら、やっぱり。岳人は、泣いとった。目ぇからボロボロ涙零して。

「知らなくて、良かったのに。知らなかったら、俺以外誰も傷付かない。皆悲しまなくて済む。怒らなくて済む。罪悪感抱かなくて済む」

レモンは、侑士のことを好きすぎただけ。だから悪くない。そう言う岳人は、泣き続けた。

「悪役は俺だけでいいのに」

自分の体なんか少しも省みず、どれだけ傷付けられても仲間を信頼する岳人はそう言った。

岳人は一人で決意しとったんや。悪役になるって。岳人は一人で戦っとったんや。

俺らのために。たったの一人ぼっちで。

「ごめん、ほんまに……!」

明日、皆にレモンの本性言うからな。信じてもらえんかもやけど、それでも。

岳人。お前が俺らのために頑張ってくれたみたいに、俺やって頑張るから。

そう言って岳人に触れた俺に、岳人はふるふると首を振った。

「頑張らなくて良い。頑張らなくて良いから」

「……何で。俺は……!」

「ありがとう、侑士」

岳人はふわりと笑った。それは全て吹っ切ったような笑顔で、俺は心の底から安心した。

失念しとったんや。俺は岳人のこと何も知らんかったってこと。

やから岳人は翌朝屋上から飛び降りた。





レモンが泣く。
ごめんなさいと言いながら泣き叫ぶ。

跡部が泣く。
傷付けてすまなかったと。信じられなくてすまなかったと。

ジローが泣く。
帰って来てと子供みたいに泣き喚く。

皆が泣く。
謝らせてと泣く。もう一度笑ってと悲鳴のように。

何もできなかったのは俺だけ。
岳人の痛みも悲しみも全部知ったのに、救えもしなかった俺だけ。

嗚呼、嗚呼。

病的ミーイズム

(自己中心的な俺達は、)

(最後はいつも泣くのです)

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