君がいるから

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しんと静まり返ったコート。

幸村くんは真っ直ぐに梶原さんを見つめていて、梶原さんは頬を押さえて呆然としている。

梶原さん、こんな時こそ持ち前のポジティブぶりを発揮してよお願いだから。私すごく気まずいよ。

暫く誰も何も言えずに黙っていると、こちらへ近付いて来る足音が聞こえてきた。そちらへ視線を向け、思わず目を泳がす。

「おい、何してるんだ!」

私と梶原さんの担任の教師だった。やべえ何故先生がいるんだ。そう思っていると、先生の後ろに平部員が見えた。なるほど、喧嘩だと思って呼びに行ったのか。

でもこれは非常にまずい。幸村くんはテニス部部長。その幸村くんが女の子に手を上げただなんて。

しかも、私のせいで。……ん?私のせい?あれ、幸村くん私の為に怒ってくれた感じなのか。うわあ嬉しい。嬉しいけども。

少々パニックになって思考が落ち着かず、私一人オロオロとしていた。幸村くんは何も言わないけれど、それでも梶原さんから目を逸らさない。

「梶原、その頬はどうしたんだ」

「……え、と」

「あ、あーっと。私が叩いたんです」

口ごもる梶原さんの言葉に被せるように、私は咄嗟にそう言った。幸村くんが目を見開くのがわかる。

いやでも、幸村くんは私の為に怒ってくれたんだもの。まだ友達になって間もない私を庇ってくれたんだもの。だったら今度は私が幸村くんを庇いたい。

「本当なのか?梶原」

「……っ、そうなのぉ!飴芽、何も悪くないのにぃ!」

「違う、俺が……!」

訝しんだような顔で確認をとる先生に、梶原さんはにやりと笑ってそう叫ぶ。幸村くんが慌てて訂正しようとしたが、先生はもう聞いていなかった。

「高木、何でそんなことを」

「すみません、つい」

「ついってお前……!」

「ちょっと待てよ!」

言い訳が思い付かず、曖昧に言葉を濁した私に声を荒げようとした先生を、誰かが制止した。くるりとそちらを見ると、少し息を切らせた切原くんだった。

え、切原くん。何しに来た。余計なことは言わないでね頼むから。

「先にその女が柚葉先輩を侮辱したんスよ!ブスとか迷惑だとか邪魔だとか!」

「……何?本当か」

「えっ……えっとぉ……」

切原くんはぴしりと梶原さんを指差し、そう叫ぶ。間違ったことは言ってないので、梶原さんは焦ったように視線を泳がせた。

先生はそれを見て溜め息を吐くと、私と梶原さんの頭に手刀を落とした。地味に痛い。

「お前ら二人とも、明日の放課後までに反省文五枚だ」

「ええ!?飴芽もぉ!?」

「喧嘩両成敗だ」

そう言うと先生はスタスタと去って行ってしまった。えええ何かあの人適当だな。とにかく切原くんありがとう。しかし梶原さんは酷く憤慨したように地団駄を踏んでいた。

そして私は恐る恐る、先程から突き刺さってくる視線の方へ顔を向ける。

「……幸村くん」

「何であんなこと言ったの」

「何でって……」

庇いたかったんだよ。そう言おうとしたけど、幸村くんが泣きそうな顔をしていたから口を閉ざす。

幸村くんは暫く黙っていたが、やがて俯くと小さな声で言葉を紡いだ。

「あんなことしてもらっても、嬉しくない。あんな風に庇うことは優しさじゃない。あんなことしちゃ駄目だ」

「……ごめんなさい」

そうか、そうなのか。私は庇うことが幸村くんへの恩返しになるかと思っていたのだけれど、正反対だったみたいだ。

幸村くんにこんな顔をさせたかったわけじゃないのだけれど。

私の行為は偽善にしかならなった。幸村くんは泣きそうな顔だから。罪悪感を背負わせてしまった。申し訳なくてそっと頭を下げる。

「ごめん、勝手なことして」

「許さない」

「………」

どうしたらいいんだろう。今すぐ先生に、私が叩いたんじゃないんです!って言いに行く?いや、そんな今更なことしたくない。

黙ったまま俯いていると、幸村くんは静かに言う。

「放課後毎日、ここで俺の応援して」

「……え?」

「そしたら、もう何も言わないから」

顔を上げた私と対照に、幸村くんは俯いた。私はパチパチと何度もまばたきしながらそんな幸村くんを見る。

そんなことで良いのだろうか。応援なんて誰にだってできることなのに。でも幸村くんがそう言ったのだからと考え、こくりと頷く。

「わかった」

「……うん」

「さっきはありがとう」

「……俺こそ、庇ってくれてありがとう」

二人でぺこりと頭を下げてお礼を言い、一件落着になった。隣では相変わらず梶原さんが私を睨んでいるけれど。うわああ怖い。目つきの悪さ。

そんなこんなでようやく部活を再開し、どっぷり日が暮れるまで続く部活を一人で見学していた。

「あ、終わった」

ありがとうございました!と部員達の声が揃い、部活が終了を告げた。ああ、今日は部活を中断させてしまって申し訳がない。

眉を下げながら立っていると、テニスコートの入り口から赤髪がひょこりと出て来た。あ、丸井だ!喜んで駆け寄ると、丸井はこちらを向いた。

「丸井!お疲れ!」

「……触んな」

「……え?」

丸井の肩に手を置いた瞬間に振り払われ、代わりに聞こえたのは低い声。

え?丸井今何て言った?触るな?え?嘘だ。え、え。ピシリと固まった私を避けて丸井はさっさと去って行ってしまった。

その後どうやって帰宅したか、全く覚えていない。



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