記念文

□想いをぶつけろ
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それからしばらくの間、リクオと氷麗は何やら周りの様子が微妙におかしいと思いながらも、きっとこれはリクオの3代目襲名が近いからだと勝手に納得して、いつものように過ごしていた。
見合いの話しがまったくやって来なかった事には、少し拍子抜けしたものだが。

そしてリクオが3代目を襲名したその日の夜、堅苦しい襲名式も終え、ようやく気楽な宴会の席が始まると思っていたリクオだったのだが、いざ宴会の席に着いてみると、どうにも皆の顔付きがいつもと微妙に違うような気がする。
何よりも一番違和感があるのは、氷麗が給仕をせずに自分の隣にいるという事だ。
氷麗もまた同じように違和感を感じているというよりは、かなり戸惑っているようだ。
それもそうだろう。何時もなら誰よりも忙しく給仕に走り回っている最中のはずなのだから。

既に酔っているのではないかと思うほどニヤけた顔をしている鴉天狗が近付いて来ると、リクオはその首根っこを掴み引き寄せた。

「おい鴉天狗。こりゃ一体どういう事だ。」
「リクオ様、く、くるしい・・・。」
「おおっと、締めすぎたか。で、何を企んだ?」
「企むなどと、そんなことはしておりませんぞ。」
「だったらなんで氷麗が座ってんだ。おかしいだろ。」
「それはまぁ、これからお二人の婚約発表ですからな。」
「「・・・・は?」」

鴉天狗の言葉に、リクオと氷麗の二人が同時に固まる。
その隙に拘束から抜け出した鴉天狗が、何処から持ち出したのかマイクを片手に持つと、高らかに宣言した。

「えー、リクオ様も妖として目出度く成人為され、3代目をご襲名なされました。
 そして、ここにまた実に目出度い発表があります。
 ささ、リクオ様、どうぞお話し下さい。」

一体何を!?とリクオは固まったまま鴉天狗のマイクを受け取る。
そして、いよいよか、と妖達の目が好奇に輝きだすのを見て、リクオはこの発表の内容は既に周知されているのだと瞬時に悟った。

良く見てみれば、奴良組直下の妖達だけでなく、鴆や猩影、一ツ目など何人もの貸元達や、遠野の連中までもが宴会場に紛れ込んでいるではないか。

「おい、これは一体どういう事だ。」
「ですから、人間の慣習に従って、結婚できる年齢になるまでは『婚約』という事で話しを進めさせて頂きました。」
「だからなんで氷麗とそうなるんだ?」
「おっしゃったではありませんか、雪女に想いをぶつけてきたと。
 それにその年でもう『心も体も預ける』などと言わせるとは、流石は総大将の血が流れているだけのことはありますなぁ。」

リクオは全身からこれでもかというほど冷や汗が噴き出ているのを感じた。



そういえば、周りが明らかに氷麗との事を誤解していたというのに『ほっとけ』と放置していた。
遠野の連中にしても、氷麗の事を自分の女関係や色恋沙汰だと言っていたのに、それを全く否定せずに、とにかく氷麗が心配で宝船に向かってしまった。

つまり、いくらでも自分と氷麗が『そういう関係』である事を伺わせる言動を取っていた訳で・・・・

挙句の果てには「心も体も全部預けろ」だ。
考えてみれば、これを男女の関係として考えれば、これほど問題のある言葉など無い。
自分の女になれと言っているようなものだ。
いや、一度そのように考えてみれば、もはやそれ以外の言葉として捕えろという方が、無理があるとしか思えない。



「・・・というわけでリクオ様、今夜の事は貸元達にも周知させて頂きました。
 誰に聞いてもお二人の仲は疑いようがありませんでしたからな。
 ・・・リクオ様?」

ああ、これが因果応報というやつなのだろうか、とリクオは改めて氷麗の方を見た。
氷麗はというと、顔を真っ赤に染めて俯いている。
こんな成り行き任せで氷麗の将来を決めても良いのだろうかと、リクオはそっと氷麗に問いかけた。

「なぁ、氷麗。何だか知らない間にこうなっちまったが、お前が嫌だっていうんなら、今からでも遅くねぇぞ?」

その言葉に、ビクリと氷麗の体か震えると同時に弾けるように顔を上げたのだが、その顔は今にも泣きそうな顔だった。
氷麗はしばらくリクオと見つめ合ったかと思うと、涙を堪えるようにまた俯いてしまう。
そんな氷麗を見てリクオはバツが悪そうに俯きながら頭を掻くと、氷麗の耳元に口を寄せ、そっと優しく囁いた。

「すまねぇ、言葉が悪かったな。
 俺としちゃあ棚ボタだ。お前さえよければ、こんな俺でもいいって言うんなら、俺と夫婦(めおと)になっちゃくれねぇか?
 ま、今は婚約って事になるけどよ。
 なに、人間の成人なんざ、妖にとっちゃあっという間だ。」
「・・・はい。はい、リクオ様。もちろんです。もちろん喜んでお受けいたします。」



その夜から三日三晩、奴良邸では盛大な宴会が催されたという。



end
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