記念文

□リクオ、見合いをする
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目の前には、美しい一人の女性が清楚な佇まいで正座している。
長い髪は高く結い上げられ、陶磁器のような肌と整った顔は、普段しているのを見た事が無い薄化粧によって、美しさだけでなく艶やかさもかもし出している。
金色の瞳が戸惑いに揺れているのは、やはり秘密にしていた見合いの相手が、実は自分であったからだろうか。

リクオは気まずそうに目の前の女から顔を逸らして、この見合いをセッティングした食わせ者を睨みつけようとしたのだが、当の本人は今まさにこの部屋から立ち去ろうとしていたところだった。

「それではお二人だけでごゆるりと。」

「あ、おいちょっと待・・・」

主であるはずの自分の言葉を最後まで聞かずに、そそくさと部屋から出て行ったのは・・・氷麗だった。



シーンと静まり返る部屋の中で、氷麗に追いすがるような形で片手を上げたまま固まってしまったリクオに、見合い相手の女・・・冷麗が、名に恥じぬ冷ややかな、いや、絶対零度の冷たさを湛えた目をしたまま、顔だけはニッコリと笑って問いかける。

「ねえリクオ。どういう事か、説明してほしいんだけど?」

「えーと、まぁ、その、ちょっとした行き違いでだな・・・」

「はっきりと、誤魔化さずに、最初からちゃんと説明して。」

「お、おう・・・」

ああ、どうしてこうなったのだろうか・・・とリクオは泣きたくなるような今の状況に陥った経緯を思い出していた。




鵺との決戦も終え、全国の親分衆もリクオに一目を置くようになり、名実ともに日本一の任侠妖怪になったリクオは、戦いに明け暮れた1年を取り戻すかのように、人間としての生活を満喫していた。
もちろん正体がばれたときの噂が完全に拭えるわけでもなく、また妖怪というだけで避けたり奇異の目を向ける者が居るのは仕方の無い事であったが、それでも清継を中心とした清十字団によるリクオの学校生活を支える為の様々な努力の甲斐もあって、3ヶ月も経つと元の生活とまでいかなくとも、ほぼ元の学校生活を送れるようにはなっていた。
人の噂も七十五日とはよく言ったものだと、氷麗が妙な納得の仕方をしていたが・・・

人間としての生活を再開した事に多くの貸元や各地の親分衆は呆れたものだが、リクオは妖怪としての生活をないがしろにしているわけでもなく、見回りの多くを側近達に任せるなど、今までのように一人で何でも片付けようとはせずに、信用のおける者に様々な仕事を任せるようになっていた。
だからこそ、人間としての生活を満喫しつつ妖の主としての務めも果たせるようになっていたのだから、表だって異を唱える者はいなかった。
そして、リクオ様も主として随分と立派に成長なされたと、側近達は感動していたものだが、一人、氷麗だけは素直に喜ぶことができないでいた。

見回りはもちろん貸元への出向など、リクオは外回りの仕事を氷麗にだけはさせようとしなかったからである。


「だから何度も言っただろう?お前は側近頭として、常にボクの側に居るのが仕事なんだよ。
 だから明日、前橋まで行くだなんてとんでもない。泊まりになるかもしれないじゃないか。そうなったら誰がボクの明後日のお弁当作るのさ。他の奴に行かせればいいだろ。」

また始まった。と奴良屋敷の妖達が、ある者は溜息を吐き、またある者はニヤニヤと笑いながら、そしてある者はとばっちりを受けたら堪らないと怯えながら、食事をさっさと終わらせ大部屋をそそくさと出ていく。

「ですから明日は他の者は皆手が空いておりませんし、リクオ様も学校があるのですから、私が行くのが当然じゃないですか。
 お弁当だってどうしてもというなら、明後日に丁度溶けるように凍らせて保存しますから、それなら大丈夫なはずです。」

「なんだい、氷麗はボクと一緒にお昼ご飯食べるの、楽しみじゃないんだ?」

「そりゃ私だってリクオ様と一緒にお食事したいに決まっていますよ。でも今回は仕方がないでしょう?」

「いいや、ボクは氷麗と一緒が良い。だからお前がどうしても行くってんなら、ボクも一緒に行くよ。」

「リクオ様!?学校はどうするおつもりです!?」

「一日ぐらい休んだって大丈夫だよ。ほら、ボク学校じゃ『良い奴』だし、風邪をひいたとでも言えばいいさ。」

何があっても氷麗に一人で行かせまいとするリクオと、大丈夫です行かせてくださいと食い下がる氷麗に、首無が溜息を吐いた。
リクオ様、前橋なら人間社会でも一応通勤圏内レベルです。日帰りだって余裕ですから。
そう言いたい所なのだが、そんな事を言ったが最後、氷麗を止める理由が無くなってしまったリクオ様は、明日、自ら前橋に行く事になるに違いない。
それほどの事でもないのに妖の総大将が出ていくなど、ましてやその理由が側近頭と一緒にランチを楽しみたいからなどと、とてもじゃないが他人に言えるような事では無い。

「そんなのダメです!ただでさえ百物語組や鵺との戦いのせいでずいぶんと学校を休まれたのですよ!
 そのせいで勉強が遅れがちなのに、授業をサボってどうするんですか!」

「それに、お前のよそった冷たいご飯が一番美味いんだ。他の奴がよそっても美味いって満足できなくなったのは氷麗のせいなんだからさ。」

氷麗の言い分をサラリと流してそう言うと、リクオはニッコリと笑いながら氷麗を抱き寄せて、耳元に顔を寄せ甘い声で囁いた。

「氷麗には責任とってもらって、これからもずっと一緒に食事をとってもらわないと困るよ。」

「な、なんですかそれ!?それならお涼ちゃん達に手伝わせれば済む事じゃないですか!」

顔を真っ赤に染めて氷麗は勢いよくリクオから離れようとしたのだが、力強い腕がそれを許さなかった。

「だーっ!違う!オレはお前が良いって言ってんだ!」

「リクオ様!?」

いつのまにか夜の姿に変わったリクオは、氷麗の両肩を掴んで正面から顔を向かい合わせ、愛おしげな視線を氷麗に落しながら、今度は腹に響いてくるような低く甘い声で囁きかけた。

「な?だからお前は、これからもずっとオレの飯をよそってくれよ。」

その顔の近さと耳を融かすのではないかと言うほどの甘い声に、氷麗は心の中で叫び声を上げぐるぐると目を回す。
そんな氷麗を、リクオは『今日こそ俺の想いを受取ってくれ』とじっと氷麗を見つめ続けていた。

「分かりました!分かりましたから、その・・・」

「おう、やっと分かってくれたか。」

リクオが手の力を抜いた隙に、氷麗はさっとリクオと距離を取ってしまったが、リクオは自分の言いたい事が伝わったのだという満足感もあり、氷麗は照れ屋だからなぁ、とそれさえ微笑ましく思っていた。

「それでは前橋へは誰かの手が空いたら行ってもらいます。先方へは少し事情をお話ししておきますね。」

「お、おう。」

なんだ仕事の話に戻すのかよ、と少し不満そうに口を尖らしたリクオを見て、氷麗は口元を袖で隠しながら、クスリと笑う。
その仕草に、リクオはなんだかとても嫌な予感がした。

「もう、リクオ様は名実共に妖の総大将になられたというのに、何時まで経っても甘えてばかりで困ります。」

「は?」

「でもご安心下さい!側近頭の務めとして、明日のお弁当も食事も、ちゃーんと私がお世話致します!
 ・・・リクオ様?」

突然ガクリと膝をついてうな垂れたリクオに、氷麗は何事かと慌てて近寄る。
側近頭としてじゃねーだろ、お前だけって言ったろーが、と呟いた言葉は残念ながら慌てふためき心配そうに声を上げ続けている氷麗に届く事は無く、その事がさらにリクオの心を沈めるのだった。

(おかしい。俺、口説いてたはずだよな?何処で間違った?)

お勤めの話が絡んでいた時点で、何を言っても仕事の話にすり替えられてしまうのだという事実にリクオが気が付くのは、まだ何年も先の事である。
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