記念文
□遠野での一夜
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祢々切丸を求めて恐山へ向かう途中、まずは遠野へ寄り道したリクオは、淡島達と久しぶりの対面を楽しんだ後、夕食の席についていた。
そしてリクオの隣には、畏まった様子の氷麗がちょこんと座っている。
最初、氷麗はリクオと離れた末席の方に座ろうとしたのだが、リクオが「なんでそんな所に座るんだ?お前の席はここだろ。」と勝手に氷麗の席を決めてしまったのだ。
隣に座るつもりでいたイタクがぶすっとしていたが、何時もの顔とほとんど差が無い為に全くその事に気が付かなかったリクオは、遠慮する氷麗の手を引いてそのまま自分の隣へと強引に座らせていた。
遠野の者達の方はというと、側近頭なのだし目くじらを立てるほどの事ではないと、さほど気にすることもなくそのまま夜の宴が始められた。
「そういえばつらら、さっきまで何処行ってたんだ?」
茶碗をすっと氷麗に差し出しながら、リクオは自分達が青河童や竜二達と大事な話をしていた時、そういえば氷麗の姿が見えなかったなと尋ねる。
「それが聞いて下さいリクオ様!
私、ついに温泉デビューしました!」
茶碗を受取りながらペカーッと輝く笑顔で答える氷麗に、リクオは「え?」と驚く。
氷麗は確か温かいお風呂には入れなかったはずだ。
ましてや熱い温泉など論外のはず。
奴良家には氷麗の為に水風呂まで用意してあるというのに。
「おいおい、大丈夫か。まさか火傷とか隠してねぇだろうな。」
じっと自分の全身を心配そうに凝視するリクオに、氷麗は照れ笑いを浮かべながら頬を染める。
「ありがとうございますリクオ様、大丈夫ですよ。
あ、でも流石に融けそうになったので、ついお湯を凍らせちゃいましたが。」
「凍らせちゃダメだろ。」
「はい、申し訳ない事をしてしまいました。
でも少しだけだけど、冷麗さんと一緒に入れて、本当に嬉しかったんですよ。」
そう喜ぶ氷麗に、リクオは良かったな、と応えながら凍ったご飯が盛られた茶碗を受け取った。
その時リクオ背後では、客人の接待を命じられていた妖が、ごはんを氷麗によそわれてしまった事に困惑していた。
おまけに、せっかく美味しく温かく炊き上げたご飯をカチコチに凍らされてしまったのだから、面白くない。
その様子に目を付けた冷麗が、氷麗に一言注意をしようと箸を置いたのだが・・・
「お、この飯上手いな。」
「やはり水が良いですし、お米も精米したてのようですから。」
「だなぁ。ご飯だけでも結構いけそうだ。」
「ふふ、おかわりはまだまだありますよ。」
二人の会話にピタリと動きを止めてしまった。
そんな冷麗に、隣で食事をしていた紫が、何時ものように冷めた目でリクオ達を見ながら話しかけてきた。
「けほけほ・・・氷麗も客なのにね。」
「うん、まるで自分の家みたいにしちゃって。」
「勝手に家に上がり込んでご飯を食べる、ぬらりひょんみたい。」
「食べる方じゃなくて、給仕をしちゃうって訳ね。」
紫と二人でクスクスと笑い合いながら、やはり側近頭ともなれば、主の性質の影響でも受けてしまうのだろうかと、冷麗は考えてしまう。
自分はリクオの様なずうずうしい性格にはなりたくないから、しっかり距離を取ろうと心に決めた所で、もう一つ引っかかっていた事に気が付いた。
「ねぇ、そういえば前に来た時って、ご飯が美味しいって言ってたかしら?」
「う〜〜〜ん、言ってなかったと思う。けほけほ。」
「おかずはともかく、ご飯は同じなのに。」
違いがあるとすれば、食べる順番が早いから炊きたてのご飯が食べられる、という点のはずだが、凍らされたのだから関係ない。
いや、むしろ味など感じないはずなのだが。
「リクオって、味音痴?」
「そんな感じは無かったと思うけど・・・」
おかずの味付けについて、ウチより味が甘いな、とか塩が良く利いている、とか言い合っている二人を見て、冷麗も紫も首を傾げる。
そんな視線もお構いなしに、リクオと氷麗はもてなし用の豪華なおかずを食べながら、あれこれ話し続けていた。
「なあ氷麗、これ、家でも食いてぇな。」
「リクオ様、人のおかずを箸でつつかないで下さい。お行儀が悪いですよ。」
「おっと悪ぃ。あんまり美味かったからつい、な。」
「もう・・・判りました。それでは作り方を聞いておきますね。」
「ああ、宜しく頼む。
氷麗が作るとどんな味になるか、楽しみにしてるよ。」
あ、なんだかイラッと来た。と冷麗のこめかみにほんの少しだけだが皺が寄る。
寛ぐのはいい事だけれど、これはちょっと行きすぎというか、自宅でもこうなのだろうかと呆れてしまう。
それにしても、主従と言うには、少し違うような気がする。
もっとも、主従などというのに無縁な遠野で育ってきたのだから、では主従というのはどんな感じなのかと問われても明確に答えられる訳ではないのだが、それでもどこかおかしいのではないかと感じてしまう。
雪女の性質から考えると、主に対してああいう風に尽くしてしまうタイプになってしまってもおかしくは無いとは思うのだが。
となるとおかしいのはリクオの方か。それなら納得がいく。
そう冷麗はリクオに対して随分失礼な結論に辿り着くと、これ以上気にしたら負けのような気がする、と自分の食事に専念する事にした。