記念文

□アニメロケ撮り
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「はいカーット!うーん、ちょっと違うねぇ。撮り直そうか。」

いよいよ物語も佳境に入り、今は羅城門での戦いのシーンを撮っていたのだが、先ほどから何度も聞こえてくる『撮り直そうか』という監督の声に、またかと疲れの混じった溜息があちこちから漏れてきた。

「うーん、結構いい線行ってたと思ったんだがなぁ。」

そんな中、リクオだけが元気そうに自分の演技を再確認している。
その傍らには、抱きかかえられたつららが、顔を真っ赤にして俯いていた。

「つらら、そんなに顔を赤くしてちゃダメだろ。」

「そ、そう言ったって・・・」

あの時は鬼纏を破られたショックもあって、全く気にならなかった。
それに顔が近いというのは良くある事なので、あの時と同じであるなら、こんな失敗などしないという自信もあった。
だが、まさかこんなことになろうとは・・・

「リクオ様、あの時とは違うと思うのですが。」

たまりかねたように、首無が苦い顔をしながらリクオに進言する。
あの時というのは、鬼童丸との戦いの時に鬼纏を破られた後、鬼童丸のセリフ回しのシーンでリクオとつららが顔を寄せ合っているカットの事だ。

首無の声につららもコクコクと頷くのだが、当のリクオはというと、何故そんな事を言うのかとでも言うかのように、キョトンとした顔をして不思議そうに聞き返してきた。

「なんで?これぐらいだっただろ?」

と言ってもう一度カットされたシーンを再現すべく、リクオはつららをグイッと抱き寄せると、その顔を自分の側まで寄せて・・・そのまま後頭部を押さえて自分の頬にキスさせた。
咄嗟に逃げようとしたつららであったが、あまりもの素早さと力強さに、全くその隙を見出す事が出来ず為すがままにされてしまう。

「いや、だからなんでそうなるんですか。
 あの時はこれぐらいの近さだったはずですよ。触れ合ってはいません。」

これが見本だと示すように、首無がつららに顔を近付けた。

「おい、近いぞ。離れろ。」

「はいはい、でもこのぐらいのはずですよ。」

素直にリクオの言葉通り顔を離した首無しであったが、ここは譲れないと青筋を立てながらヒクつく笑顔でリクオにきちんとやるようにと迫る。
それを面白くなさそうに口を尖らせながら、なおもリクオは食い下がった。

「ちょっとまて首無、お前ははっきりと見ていたわけじゃないだろう?」

「え・・いや、その・・・まぁ、はっきりとは。」

「だったら俺の言う事の方が正しいに決まってんじゃねぇか。当事者なんだからな。」

こう言われると首無も返事に困ってしまう。
なんせふたりの場所を弁えぬイチャつきぶりに慣れてしまった為に、首無はもちろん側近達も、いやおそらく殆どの奴良組の妖ちも『ああ、またか』と二人から意識をそらしてしまう・・・いわゆる見て見ぬ振り・・・という行動を自然と取ってしまうようになっていた。

だから確かにはっきり見ていた訳ではないのだが・・・
つららの反応を見れば分かる。リクオ様の言っている事は違うのだと。

残念なことに、本当に残念なことに、こと色事(つららのみ)に関してのリクオの信用度は皆無だった。

「とにかく駄目です。実際と違っていても、台本通りにやる約束でしょう?」

「いいから、ほら後がつかえてんだ、さっさとやるぞ。」

「誰のせいだと思っているんですか。」

ああ、どうして実際に起きた通りの事を『違っていても台本通りにやって欲しい』と頼まなくてはならないのか。
必要以上につららに絡むリクオの言動に、いったい何度撮り直しを余儀なくされた事か。

皆も本当によく耐えたものだと思うと、首無はなんだか情けない気持ちになってきた。

「ちっ、しょうがねぇな。台本通り近付けて止めておくよ。」

自分の気持ちをようやく汲み取ってくれたのかと、首無は喜びも露わに周囲の撮影スタッフに撮影の再開を頼むと、自分の登場シーンの為の待機場所へと戻っていった。
 


そして鬼童丸との対面も順調に進み、いよいよ戦闘が始まるシーンに移る時、それは起きた。

「つらら・・・」

下がってろ、と続く筈の言葉が無く、つららはどうしたのだろうと首を傾げそうになって慌てて踏み止まり演技を続ける。
だがリクオがこちらを見てる事に、さすがにつららも驚きを隠せず動きを止めてしまった。

「リクオさ・・んぅ!?んん〜〜〜〜〜〜!!」

それでもつららは咄嗟にリクオの肩を押して鬼童丸に正対させようとしたのだが、リクオがつららの後頭部を掴みキスを、それも濃厚に絡みつくようなキスを仕掛けてきたのだ。
あまりの事に唖然として見守る皆の視線の中で、リクオは十分につららの唇を堪能すると、そっと体を手放し愛おしそうな視線をつららに向けた。

「今は下がってろ。直ぐ済ませるから待ってんだぞ。」

演技続けてるつもりだったんだ

「はいカット、OK〜〜〜〜!」

いいの!?

流石に心配になった首無が、監督の元に慌てて駆け寄って大丈夫なのかと小声で聞くと、監督は『やれやれ』とメガホンで肩を叩きながら答える。

「もういいよ。後で代役立ててやった方が早そうだしね。」

「も、申し訳ありません。」

「はは、謝らなくて良いよ、もう慣れたし。」

「はは・・・」

ついに監督まで・・・と首無の頬が引き攣る。

「さっき、毛倡妓さんから聞いたんだよ。
 こんな事もあろうかと、代役を用意しているって。」

「へえ、気の利く奴だな。
 ところでその代役って誰なんですか?」

「氷麗ちゃんのお母さんの雪麗さんって方と、ご隠居だそうだ。
 二人ともそっくりなんだって?」

それはないよ、姐さん

顔全体を引き攣らせた首無を他所に、監督の話はさらに続く。

「なんでも短時間なら若い時の姿になれるんだって?
 それをもっと早く言ってくれれば、羽衣狐との絡みのシーンで特殊CG使う必要無かったのに。」

いやそれは目の錯覚なので、カメラには映らないと思います。
そう言いたい首無であったが、先ほどから口がまともに動かない。
どうやらついに表情筋がその限界を越えてしまったようだ。

「あ〜、もしかしてかなり疲れちゃうのかな?
 ま、とりあえずは次のシーン行こうか〜〜〜!」



結局、さらに別の代役を使って、ロングで撮影したシーンを使って誤魔化したそうな。



end
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