記念文

□想いをぶつけろ
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とうの昔に日も暮れ、闇が辺りを包みこもうとしているその時、奴良邸の大広間の上座には、リクオと氷麗が並んで座っていた。
そして大広間では、数多の妖たちが嬉しそうに二人に注目し、リクオの言葉を今か今かと待ち構えている。

だが、二人の顔は戸惑いと緊張に強張っており、先ほどから背中を伝う冷や汗が気持ち悪い。

『ちょっと、氷麗のやつに俺の想いをぶつけてきてな』

まさかこの一言が、このような事態を招く事になろうとは。
リクオはあの時、露とも思ってもいなかった。




話しは少し遡り、京都での戦いが終えて奴良邸へと凱旋し、ようやく一時の休みを得たと思ったその夜。
けたたましい羽音と共に、鴉天狗がリクオの部屋へと飛び込んで来た。

「聞きましたぞリクオ様!なんとも目出度い事ではありませんか!」
「おう、鴉天狗。そりゃまあ当然のことだが、何を今更驚いてんだ?」
「驚きますとも!これで奴良組も安泰ですな!」
「ああ、そうだな。」

鴉天狗の興奮ぶりに、リクオはハテ?と首を傾げるのであったが、考えてみれば400年前からの因縁をその目で見てきた鴉天狗にとっては、これほど目出度い事はないのだろうと、一人納得する。
リクオの直ぐ脇に控えていた氷麗もまた同じ思いのようで、『きっとお母様も同じようにお喜びになると思います』と鴉天狗に聞こえぬようそっとリクオに耳打ちして来た。

「おお、ここにいたのか雪女。うむ、まぁ当然と言えば当然じゃな。」
「え、ええ、はい。」

世話係である自分がいるのは当然の事なのに、と氷麗は思ったのだが、それは口に出さずに鴉天狗の言葉に相槌を打つ。

「で、お前はどうなのだ?雪女。」
「何がですか?」
「リクオ様の事だ。想いは受けとったのか?」
「はい!私の想いも受け止めて頂きました!」
「そうかそうか。」

あの時、リクオ様は自分の畏を全力で受け止め、そしてリクオ様の畏に圧倒されたにも関わらず、自分の強さを認めてくれたものだ、と嬉しそうに氷麗は答えた。
鴉天狗は氷麗の答えに満足そうに頷くと、今度はリクオに向かい合った。

「リクオ様も、雪女とで本当に宜しいので?」
「何の事だ?」
「ははは、隠さなくとも。京都での戦いでの時の事でございますよ。」

何のことだろう?とリクオは首を傾げる。
氷麗との事で他に思い当たる節と言えば・・・

「あの、土蜘蛛との戦いの時の事ではありませんか?」
「だろうな。あの時は、俺に全部あずけてくれて嬉しかったぜ。」
「はい!あの時は、心も体も、全てリクオ様にお預けしました!」
「なんと!?そこまでいっていましたか!!」
「え?は、はい。」
「だからそれが何だって言うんだ?」

どうも先ほどから鴉天狗との会話に微妙なズレがあるように感じる。
それを問い質そうとするより先に、鴉天狗がとんでもない事を言い始めた。

「それでリクオ様、ご結婚はいつなさいますか。」
「はあ?何言ってんだ鴉天狗、まだ結婚する訳ねぇだろ。」
「おや、まだそこまでと言う訳ではありませんでしたか。これはちと気が早すぎましたかな。」
「早すぎだ。確かに俺は妖としちゃあ、もうすぐ成人だ。
 だが昼の俺はまだ中学生だぜ。」
「そうよ鴉天狗。リクオ様は人間としての生活も大切にしているんだから、人間としての慣習も大切にしないと。」

なるほど、と鴉天狗はフワフワ飛び回りながら腕組みしてしばらく考え込むと、突然ポンッと手を付きリクオの前へと舞い降りた。

「ではリクオ様、人間の慣習に従って今後の事を進ませて頂きますが、私にお任せ頂いても宜しいですか?」
「ん?ああ、それは構わねぇが・・・あんま昔の奴じゃ困るぜ。俺はこれでも現代っ子なんだからな。」

冗談半分で言ったリクオの一言に、氷麗は首を傾げ人差し指を顎に添え、思い出す様に話しかける。

「そうですか?リクオ様は確かにメールも使っていますが、青に比べるとあまり携帯を使いこなせているようには見えませんが。」
「あいつ、携帯使いこなしてんのか!?」
「ええ、それはもうバッチリ。」
「見えねぇ・・・」

半ば無視された形になってしまった鴉天狗であったが、そのことに腹を立てるどころか何故か嬉しそうに目を細めながら頷くと、そのままリクオの部屋から一歩出て、今夜はごゆるりとお休みなさいませ、と声を掛けてから立ち去って行った。

「いったいなんだったんだろうな?」
「さあ?何だったのでしようか?」
「あー、もしかすると、見合いとか考えてんじゃねぇだろうなぁ・・・めんどくせぇ。
 それだって十分早いじゃねぇか。」
「そうですよね、リクオ様。
 お断りする時に何かご協力できれば良いのですが。」

しゅんとなった氷麗を見て、リクオはイタズラを思い付いた時のようにニヤリと笑うと、そっと氷麗に耳打ちした。

「なんなら、俺には氷麗がいるから十分だ、って言って断るってのはどうだ?」
「ななな、何を言っているんですかリクオ様!」
「協力するんだろ?」
「あう・・・」

顔を真っ赤にして俯く氷麗を見て、リクオは満足そうに笑う。
そのまま二人は、結局夜遅くまで語り合っていたらしい。
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