妄想小説

□ブルームーン
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自室の廊下側の縁側に座って、リクオが夜空を眺めている。
そこにパタパタパタ、と足音を鳴らしながら、つららがやってきた。

「リクオ様、そんな所にいては、お風邪を召しますよ。」

鈴の音のような声と共に、ふわっ、とリクオに丹前が掛けられた。

「ん、ありがとう、つらら。
 ほら、見てごらん。月が綺麗だよ。」
「あら、本当ですね。」

そう言いながら、つららはリクオの隣・・・よりは少し距離を置いて、腰掛けた。

「なんで離れて座るの?」

そんなつららに、リクオは不満げな顔をしながら問いかける。

「いえ・・・冬の夜に私と隣り合わせては、さすがに若の体が冷え切ってしまいます。」
「なんだ、そんな事か。」

リクオはクスリと笑うと、自分の体を座ったまま横ずらしして、つららとの距離を詰めた。

「リ、リクオ様!?私の言った事が聞こえなかったのですか!?」
「聞こえてるよ。」

リクオは笑いながらそう言うと、逃げようとするつららの肩を掴んで引き寄せる。

「で、ですから、そんなことをすれば・・・」
「大丈夫だって。
 ちゃんと使い捨てカイロをポケットに入れているから。」
「・・・・・・・・・・」

リクオが両脇のポケットから使い捨てカイロを出し、それをぷらぷらと揺らしているのを、つららは目を点にして凝視していたのだが・・・

「ヒ、ヒィイイイ〜〜〜〜!と、溶け・・・」
「あ!ごめんつらら!つららには熱過ぎるんだったよね!!」

カイロの温度はつららの限界温度である40℃を軽く超えている。それこそ倍近く。
突然の天敵の出現に軽いパニック状態に陥ったつららを見て、リクオは慌てて元のポケットに使い捨てカイロを戻した。
だがそのことに気付いていないつららは手足をばたつかせ、そのままバランスを崩し縁側から転げ落ちそうになった。

「危ない!つらら!」
「ヒィア!!」

リクオは抱きついて縁側から落ちるのを止めたのだが、つららは体をビクリと震わせて、さらに怯えるばかりだ。

「本当にごめん、つらら。
 もう大丈夫だから、そんなに怯えないで。」

つららが自分に怯えてしまっているように感じたリクオは、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

「ほら、つらら、落ち着いて。
 使い捨てカイロはポケットの中だし、つららの持ってきてくれた丹前も着ているから、つららにまで熱が行く事なんて無いよ。
 だからもう怯えないで。」

リクオは泣きそうな顔をしながら、ぎゅっとつららを抱きしめる。
少しの間、つららは震えていたが、だんだんと落ち着きを取り戻していった。
震えが完全に止まってからも、二人はしばらくそのままの体勢でいた。

「リクオ様・・・取り乱してしまい、申し訳ありません。」

やがてつららはリクオの懐から体を離すと、姿勢を正してリクオに深々と謝る。

「何言ってるの!謝るのは僕の方だよ!
 つららが熱に弱いの知っているのに、あんな事しちゃって!」

リクオは慌ててつららの両肩を掴み、顔をあげさせる。
そしてリクオは頭を下げ、つららに謝った。

「本当にゴメン。もう二度とこんな事しないから。
 使い捨てカイロ使うのも止めるよ。つららを怖がら・・」
「それは駄目です!」

リクオの謝罪の言葉を、つららの凛とした声が遮る。

「使い捨てカイロを使わなければ、リクオ様のお体に障ります。
 ですから、今後も必ず使ってください。」
「でもそれじゃあつららを・・・」

この後何度も『使って下さい』『使わない』の問答を繰り返し、
あくまで考えを変えようとしないリクオに、ついにつららがキレた。

「いいから使いなさい!まったくもう聞きわけの無い!
 だいたい使わなかったら、どうやってこうして一緒に居られるというの!!」

興奮したつららの強い言葉に圧倒され、リクオは頷く事しか出来なかった。
それを見て落ち着いたつららは、庭の方に体の向きを変えると、夜空に顔を向けた。

「ところでリクオ様、どうして月をご覧になっていたのですか?」
「ん?ああ、ほら、今月2回目の満月だろ?珍しいなって。」
「そうですね・・・」

リクオとつららは、二人揃って満月に顔を向ける。

「つらら、知ってる?同じ月の2回目の満月のことを・・・」
「ブルームーンと言うのでしょう?」
「え?知ってたの?」

つららがブルームーンの事を知っていた事に、リクオは驚いた。
まさか彼女がこのような類の知識を持っていたとは・・・

「くす・・・覚えていませんか?
 リクオ様が5歳の時、私がお教えしたのですよ?」
「つららが!?え!?だって僕は友達が話していたのを聞いて・・・」
「くすくす・・・本当に覚えてないのですね。」
「うーん、覚えていないなぁ。」

つららはリクオと話しながら、昔の事を思い出していた。



あれはリクオがまだ5歳の時。
ちょうど今日のように、2度目の満月が夜空に煌々と輝いていた。

「お月さまがきれいだなあ〜〜〜。」
「リクオ様、今宵は今月2度目の満月です。」
「それがどうかしたの?」

一体何を教えてくれるのだろう、そうした期待に目をキラキラさせながら、リクオがつららを見上げる。

「くす・・・非常に珍しい事で、外国では『ブルームーン』と言うそうですよ。」
「へええええ。で、それって何か妖怪が出るぜんちょうとか、そういうのってある?」
「え?・・・」

思いがけない質問に、つららは戸惑ってしまった。
何せたまたまブルームーンという言葉を知っていただけで、実は何の事だかさっぱり分からなかったからだ。

「え?知らないの?」
「うーん、解りませんね。
 インターネットで調べれば、判るかもしれませんよ?」
「えー、面倒くさいよ!ね、雪女が調べといて。」
「ええ?!私がですか!?」
「うん、明日幼稚園から帰ってくるまでにね。」

幼いリクオはそう言うと、もう月を見るのに飽きたのか、さっさと家の中に入っていってしまった。


翌日、つららは何とか調べようとしたのだが果たせず、無理だった事を報告としようとした。
ところが当のリクオはその時には既に、調べておくよう言った事さえ忘れていたのだった。



そんな昔の事を懐かしく思い出し笑いしているつららの前では、思い出そうとするが思い出す事が出来ず、難しい顔をしているリクオが居た。
そんなリクオを見て、つららはくすりと笑った。

「リクオ様、それではブルームーンの意味はご存知ですか?」
「え?いや、それは知らないな〜。」
「私も知らないんですよ。」
「あれ?昔僕に教えたんじゃないの?」
「お教えしたのは名前だけです。」

つららはくすくすと笑いながら、リクオと受け答えをする。
そんなつららを見てリクオもまた笑顔になって、縁側から立ち上がると、つららに一つの提案を行った。

「ねぇ、つらら。一緒にブルームーンが何か、ネットで調べようか。」
「・・・はい!リクオ様!」

昔と同じ月
昔と良く似た問いかけ
でも答えは、違っていて・・・


つららは満面の笑みを浮かべると、差し出されたリクオの手を取った。



end
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