作品置場
□雪女の特別
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最近、妙な噂を耳にした。
それはここ最近になって、リクオに反発していた者を含めた奴良組傘下の貸元達とリクオとの友好関係が良好となり、すべてが順風満帆に思えるほどであるがゆえに起きた噂か。
これが自分に対しての誹謗中傷の類であるなら、さほど気にかける事もなく何時ものように飄々と構えていれば良い。
だがその噂は、リクオにとって、とても看過できるような噂では無かった。
「おーい、氷麗。いるかい?」
「はい、リクオ様。どうされましたか?」
もう夜も深まり、今日の仕事が全て終わったであろう氷麗の自室の前で、リクオがその部屋の主に声をかけると同時にスラリと襖を開ける。
氷麗は返事より先に開けた事を咎めるでもなく、ニコニコと満面の笑みを浮かべながらリクオの方へと振り向いたのだが、何か少し違和感を感じた。
夜の姿のリクオならともかく、昼の姿のリクオが夜遅くに訪れるというのは珍しいし、返事を待たずに襖を開けるのも珍しい事だからだ。
一体何事だろうと、氷麗は手に持っていた櫛を鏡台に置いて、いそいそと部屋から出てきた。
「ゴメン、ちょっと小腹がすいちゃって。」
「じゃあ何かお作りしますね。でもこんな夜遅く食べると太っちゃいますよ〜?」
「ボクは成長期だから大丈夫だよ。気を付けるのは氷麗の方だろ?」
「リクオ様!乙女に向かってなんて事言うんですか!?」
クスクスと笑いながら冗談を言う氷麗に、リクオが悪戯っぽい笑みを浮かべながらからかう様に答えると、氷麗はプウッと頬を膨らませ顔を背けた。
それも予想通りと慌てる事もなくリクオがゴメンゴメンと苦笑いしながら謝ると、氷麗は不機嫌そうな声で「部屋で待っていて下さい。」と言ってそのまま台所へと向かって行った。
口では怒った様な素振りを見せながら、どう見ても嬉しそうにいそいそと台所へ向かっているようにしか見えない氷麗を後ろ姿を見送りながら、リクオは『噂』の事を思い出していた。
『奴良組側近頭の雪女が、奴良組傘下の貸元たちの忠誠をより深める為に、貸元達に「特別なサービス」をしているらしい』
まさか氷麗があんな事やこんな事をするとは信じられないし認めたくないというか絶対ありえないと思うのだが、それでもリクオは確かめずには居られなかった。
直接聞こうとしたら誤魔化されるかもしれない。ここは上手く誘導していかないと、と部屋に入って来た氷麗を見ながらリクオは心の中で気合いを入れる。
「ところでさ、氷麗。最近・・というかけっこう前から、ボクがいない間に貸元達がよく来ているようだけど。」
「はい。大事な話があった時はご報告するつもりですが、大概は雑談程度ですね。
そのような用事でも来て頂けるなんて、奴良組との繋がりを大切にして下さっているのだと思うと嬉しくなります。」
「どうせお小言か何かだろ?側近頭だから僕の名代として相手しなきゃならないとはいえ、すまないね、氷麗。」
「いいえ!そんな事ありませんよ!リクオ様のお役に立てるんですから!
あ、それと最初のうちはともかく、今ではお小言だってありませんし。」
「へ?それじゃあ何しに来ているの?」
「はい、『特別サービス』を受けに来ているのです。」
いきなり正直に吐いた!?
あまりにもあっけらかんと、ペカーっと顔を輝かせながら聞きたかった事を口に出してきた氷麗に、リクオはあんぐりと開いた口が塞がらない。
『ボクがいったいどういう気持ちで聞こうとしていたのか分かってるのか?』と言いたくなる衝動を押さえて、リクオはせっかくのチャンスなのだとなんとか言葉を紡ぎ出した。
「え、えーと、その『特別サービス』って何?」
「はい、特別サービスは3つセットなんですよ!」
「へ、へぇ・・・それでその3つって?」
「1つ目は膝枕です。」
何!?あっさり言ったから大したことないだろうと思ったけど、まさかやっぱり!?
「そして2つ目が耳掃除で、3つ目が子守り歌ですよ、リクオ様。」
「へ?何それ?」
予想とは随分と違った答えに、リクオは思わず間の抜けた声を出してしまった。
でもそれでも、自分以外の奴が氷麗の膝枕を堪能しているというのは不愉快極まりない。
「どれもリクオ様が『氷麗の特別サービス』っておっしゃって下さった事じゃないですか。」
そういえば冗談交じりにそんな事を言った覚えがあるな、とリクオは随分前にしてもらった時の事を思い出す。
なるほど、それで『特別サービス』という訳か。なんとも紛らわししい。
「皆さんとって喜んでくれています!人気あるんですよ?」
「そりゃそうだろ。」
「・・・リクオ様?何かお加減が悪いのですか?」
ムッとした顔で呟くように答えたリクオに、氷麗はどこか体の調子が悪いのだろうか、と見当はずれな事を考えていた。
「ん、別に。それよりどんな奴がしてもらってんだ。」
まずは僕の氷麗にチョッカイ出したふてぶてしい野郎共が誰か押さえておかないとな。とリクオは平静を装って問いかければ、氷麗は『自分の働きの成果を知りたがっている』と勘違いして嬉しそうに答え始めた。