作品置場
□酌をするのは
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ここは奴良邸のリクオの部屋。
今日もリクオは何時ものように夜酒を楽しんでいるはずなのだが、その表情はムスッとしており明らかに不機嫌そのものだ。
「男の酌で飲んでも美味くねぇな。」
「では、毛倡妓でも呼びましょうか。」
「成人したから、女はダメなんじゃなかったのかよ。」
面白くなさそうな顔でリクオが首無を睨みつける。
そう、今日夜酒の相手をしていたのは、氷麗ではなく首無だった。
事の起こりは、氷麗が近頃増すばかりのリクオからのセクハラへの対処法を、うっかり首無に相談してしまった処にあった。
氷麗を妹のように可愛がっていた首無しからしてみれば、前々から夜に氷麗が一人でリクオの部屋に入る事を快く思っていなかったという事もあり、これ幸いと『もう成人されたのですから、未婚の女性が夜にお部屋に一人で訪れてはあらぬ噂がたってしまいます。リクオ様にとっても、雪女にとっても良い事ではありません。』という理由で、『雪女が夜にリクオ様の部屋にご用で入る時は、誰かと一緒か、リクオ様がいない時だけにする。』という決まり事を勝手に作ってしまったのだ。
「あらリクオ様、私はお酒の席でのお相手をするのに慣れていますので、大丈夫ですよ。
そういう人間が変化した妖怪ですし。」
ちょうど新しい燗を持ってきた毛倡妓が、首無に代わって不貞腐れたままのリクオに答える。
「ふーん。」
いかにも興味の無いといったリクオの気の抜けた返事に、毛倡妓と首無は顔を見合わせて互いに苦笑いした。
これで少しは堪えるだろうと思っていたが、まさがここまであからさまに不機嫌になってしまうとは。
毛倡妓はそんな子どものようなリクオの様子が面白くなって、妖艶に笑いながらリクオの横に跪くと、そのままリクオにしな垂れかかるように体を寄せた。
「もしお望みなら、酌だけでなくその後のお相手も致しますよ?」
「なっ!?」
豊満な体を惜しげもなくリクオに絡まして、毛倡妓が甘くリクオの耳元で囁くと、あっという間にリクオの顔が赤く染まった。
WARNING!
しばらくフリーズしていたリクオであったが、プルプルプルと頭を勢いよく振ると、両手で自分の頭をガシリと押さえた。
「違う違う、そういうのは氷麗・・・あ、いや、もちろん酌の方だぞ首無。
あんな事やこんな事なんて・・・いや違うって、そうじゃない。だから睨むな首無。
ああ、でも・・いや、やっぱり・・・むしろそんな事なんて・・・」
一体何を考えているのですか、とジト目で睨む首無に、リクオは時折慌てて手を振ってやましい事は何もないと示すのだが、どう考えても良からぬ事を想像しているのは明らかだ。
「コホン。いいですか、リクオ様。
氷麗ももうリクオ様を一人の殿方として見ているのですから、夜に二人だけで同席させる訳にはいきません。」
「バカ、首無。」
「え?」
「へぇ、そういうことか。」
今まで色々仕掛けてもスルリとかわされ続けていたのは、氷麗が自分を主かあるいは守り子としてしか見ていないのではないか、と不安に思っていたのだが。
しっかり男として意識するようになったからこそ、夜は同伴出来ないと。
男女の関係になってしまいはしないかと思うほどに、自分を意識してくれているのだと。
つまるところ、今回の件はそういう事なのだろうと思うと、リクオは嬉しくなってニヤリと口元を歪ませた。
「あー、リクオ様、今のですはね・・・」
「ようはつまり、その気にさせればOKって事か?」
「間が飛びすぎです、リクオ様。冗談にしても度が過ぎますよ。」
自分の失言で、氷麗がセクハラに困っているだけだった事を、違う方向に捉えられてしまったと、いや、氷麗を見ていればそれも間違いで無い事は明らかだが、だからといってセクハラが加速する様な事になっては大変だと、首無は慌てて流れを自分の方へ戻そうとするのだが、相手はぬらりひょんの血を引くリクオである。
「俺は冗談なんか言ってねぇぞ?」
「まぁまぁ、リクオ様。あまり一足飛びで行っちゃうと、あの娘じゃ逆に誤解して拗らせちゃうかもしれませんよ?」
「うーん、確かにあいつ、鈍かったり頑固だったりする所あるからなぁ。
ここは焦らず少しずつの方がいいか。」
「そ、そうですよリクオ様。少しずつ進めていきましょう。」
「ああ、そうだな首無。
だからまずは、二人の時間を増やさなきゃなぁ?」
してやられた・・・と首無が気付いた時には既に手遅れというもので、こうしてまた以前のように、夜でも氷麗がリクオの酌の相手をするようになった。
あれから数日後、再びリクオの夜酒の相手を嬉々として勤めている氷麗の姿がリクオの居室で見られた。
セクハラに悩んでいたのが嘘のような喜びようで、やはり夜のみとはいえリクオの世話がまともにできない方が、氷麗にとっては辛いという事なのだろう。
そんな嬉しそうな氷麗の顔を、リクオもまた嬉しそうに眺めては酒を飲み続けていた。
「嬉しそうだな、氷麗。」
「はい!」
ペカーっと輝く笑顔に、リクオも思わず笑みがこぼれる。
「やっぱりお前が注いでくれた酒が一番美味ぇ。
お前じゃなきゃ、駄目だな、俺は。」
「そ、そんなもったいないお言葉!ありがとうございます!」
さーて、それじゃあどんな口説き文句で落してやろうか。
そうリクオは企みつつ、飽きることなく氷麗の笑顔を見つめながら、ずっと夜酒を楽しみ続けた。
end