『裕一視点』
「おっせぇな」
俺は時計を見ながらぼそりとそう呟いた。
あの野郎が待ち合わせ時間を破って遅刻する事なんざ然(さ)して珍しくも無かったが
「早くしねぇと終わっちまうだろうが‥‥」
今日は何が何でも待ち合わせした店前で何時間順番待ちしてでも並んででも手に入れたいモノがあった。
其れは―――
『反抗期アンチテーゼ』
※裕一×凌輝(もしも裕一が秋葉系で凌輝が腐女子だったらという危篤小説)
「お、お待たせぇっ‥‥」
「!!」
はぁはぁと
息を切らしてよろよろと歩く凌輝の姿が視界に入ってきたので
「おせぇ!!何分遅刻だと思ってんだ!!」
既に列に並んでいた俺は間髪入れずにそう叫んでやった。
そーすりゃ、彼女である凌輝は途端にムッとした表情で
「しょ、しょうがねぇだろ!!支度に手間取っちまったんだからよっ///」
なんて開き直りやがるから。
コノヤロウ。
遅刻しといて謝るどころか言い訳すんのかよ。
なんて思いながらも、とことん時間にルーズだが其れを差し引いても有り余る可愛さを誇る彼女を見れば自然と頬も緩んでしまい。
「まぁいい。お前も隣に来いよ」
「あっ///」
結局、今回だけは大目に見てやるか。と思い直した俺はあっさりと幼馴染であり彼女である女を許してしまうのだった。
で、コイツと再び順番待ちをしていたのだが―――
「…‥なぁ、裕一」
「何だよ」
「コレ、何の列??」
「はぁ?!昨日散々教えたじゃねぇか!!もう忘れちまったのかよ!!」
「う///」
案の定、凌輝は俺の用事に付き合うといいながらその内容すらすっかり忘れていた様だ。
ったく、てめぇの事以外にもちったぁ興味持てよな!!
「あのな、今日はPS Vitaの発売日だろうが!!」
「…‥なにそれ??」
「おいおい」
其の上興味の無い事にはとことん無関心だから性質が悪い。
特にゲーム類は苦手なせいか、其の手に関しては全くと言っていいほどコイツはノータッチだった。
そんな、ゲーム音痴で自分至上主義だったリョーキは予想通り
「‥これいつまで並んでりゃいいんだ??」
「さぁな。まぁ‥1、2時間位じゃねーか??」
「!!」
「どうした??」
「そ、そんな並んでるなんて出来る訳ねーだろ!!付き合ってられるかっ///」
「凌輝?!」
列を離れてさっさと歩き出してしまった。
これだから甘やかされて育った我が侭姫様は性質が悪い。心からそう思った瞬間でもあった。
「おい!!」
「…‥‥え??俺??」
「余った金はやるから!!PS Vita二つ買っておいてくれ!!」
「ッ、こんな大金?!ちょ、待てよおいいぃいい!!」
其処で仕方なく、俺は後ろに並んでいた奴に現金を乱暴に渡しそのまま凌輝を追いかけた。
「待てよリョーキ!!」
「ッ///」
バシッと腕を掴む。
そーすりゃ、まさか追いかけて来るとは思って居なかったのか
「な、ゆう‥いち?!」
振り向いた凌輝が大きな瞳を更に大きく見開いて俺をまじまじと見詰めて来た。
ったく、余計な手間を掛けさせるんじゃねぇよ!!
そう叫んでやりたかったが―――
「…‥お、追いかけてきてくれたんだ///」
「!!」
「ゲーム、良かったの??」
ぽぅっと頬を染めるコイツが不覚にも可愛くて。
思わず
「あ、あぁ。お前よりゲームの方が大事だからな///」
俺までつられて赤くなる始末。
しかも恥ずかしいから滅多に口にしない甘い言葉を吐いてやれば
「へへっ///嬉しいなぁ」
「ッ///」
へらっと柔らかく表情を崩した凌輝が半端なく可愛くて。
畜生!!んな可愛く笑ってんじゃねーよ!!
襲われたいのか?!
なんて心の中で思いつつも
「じゃあせっかく秋葉原に来たんだし‥アニメ●トでも行く??」
きょるんとした瞳を向けて小悪魔風な笑みを浮かべたリョーキに上目遣い越しで見詰められれば
「…ま、いーけど///」
とてもじゃねぇが、逆らう気など無くなってしまうのだった。
だが―――
ここからが、趣味の不一致の試練とも呼べる第一歩だったのは言うまでも無かった。
「やっぱ格好良いよなぁ///『●桜戦隊ソルジャーズ』は」
「…‥‥そうかぁ??」
此処は某アニメショップ。
そして俺は数量限定の設定資料を手にして見惚れる凌輝の隣に立っていたのだが―――
「なぁなぁ見ろよ、裕一」
「なんだよ‥‥」
「やっぱファルコンとアストラル格好良いよなぁ///どっちが攻めだと思う??」
「―――‥‥…」
し、知るかぁぁあああ!!
大体俺はB/Lに興味ねぇっつってんだろうが!!男同士の絡みだなんて男からしたら気持ち悪い以外の何者でもねーんだよっ!!
と、声を大にして叫びたかったが
「やっぱファルコンが受けかなぁ??でもカイナッツォとアストラルだったらアストラルが受けかなぁ」
うっとりとした表情で妄想に浸る凌輝の横顔を前に、俺は突っ込みを入れる事すら出来なかった。
「ハハ…」
ちなみに黄●戦隊ソルジャーズってのは某酒造メーカーと戦隊アニメを手がけるスタッフがコラボで創作した戦隊アニメである。
「アストラルはさ、攻めにも受けにもなれるリバーシブルキャラだからいいんだよなっ///」
「そ、そうなのか??」
リーダーは赤の戦隊服を身に纏った黒髪の爽やか青年アストラル。真面目で融通の利かない暴走キャラだ。
その他、水色戦士のジャスティスはソルジャーズ唯一の紅一点でありクールビューティーな女戦士だ。まぁ例えるなら綾●レイみたいなもんか。
実はと言うと俺はジャスティスが結構好きだったのだが
「聞いてるのか??」
なんて、少し不機嫌そうな声で問うてくる凌輝に対し
「つうかアストラルはジャスティスと両想いなんだろ??」
っつたらギロリと睨まれちまった。
おいおい、お前の中でヒロインの存在は無かったも同然なのか??
まぁいいけどよ。
表立って逆らうといろいろめんどくせーし。と思った俺は敢えて其れ以上は喋らなかった。
「このファルコンのピンバッジ可愛いなぁ♪」
「そうかぁ??」
ちなみに凌輝が一番熱を上げてる戦士の一人がファルコンだった。
コイツは長い金髪の不良戦士で、元は良い所のお坊ちゃま設定な所謂(いわゆる)美味しいキャラって奴だ。飄々としてる所がまた堪らないらしい。
そしてリョーキに言わせりゃ俺も飄々としてるらしいが、俺とはまた別の良さがコイツにはあるんだとさ。
何だそりゃ。
「他のキャラのグッズはいいのかよ。例えばコイツとかさ」
「ロイは要らない」
更にロイ、というブロッコリーみてーな緑頭のおっさん顔の病弱科学者キャラもいるらしいが…
ま、腐女子にとっては黙殺キャラ以外の何者でもねぇわな。
「このおっさんは??」
「カイナッツォかぁ。まぁ同人書く時の資料としてなら買ってもいいけど‥いいや。其処まで好きじゃねぇし」
最後にカイナッツォってのが筋肉隆々のおっさんキャラでごつくて厳つい顔が一部のファンの間でも人気らしい。
俗に言うおっさんフェチって奴にだろうけど。
ちなみに変身の合言葉は
『地球のくつろぎ、市民のうるおい、かがやく明日を守る為!!変身!!』
だそうな。
そんなマニアックなアニメ、需要あんのか??なんて思ったりするけどよ。
信じられない事に
「かっこいー!!この下敷き買わなくちゃ!!」
「やっぱりアストラルは受けだよね〜」
「ファルコン様格好良いよぉ///」
あるんだな。コレが。
其の乙女の声を聞く度にマジかよ。なんて思っていたが
「まさかコレが視聴率ナンバー1アニメとはねぇ…」
子供も大人も楽しめる、笑いありシリアスありの此のアニメは皮肉な事に腐女子の人気効果もあって今期不動の人気を誇るアニメと化していた。
そしてそんなアニメにどっぷり嵌っていた凌輝をチラリと横目で見やれば
「どれにしようかなぁ///」
なんてへにょりとだらしない笑みを零してグッズを両手に取り、懸命に見比べていた。
其の姿を見た俺は
「……幸せな奴」
と呟く事しか出来なかった。
駄目だ、こういう時のリョーキは何を言っても人の話なんか聞きやしねぇんだ。
ましてや救い様の無い生粋の腐女子であるコイツは俺と多摩川だったらどっちが攻めでどっちが受けだろう。なんて真剣に考えるくらいで。
「勘弁して欲しいぜ全く。何が悲しくて恋敵とそういう目で見られなきゃならねんだ…‥気持ち悪りぃ!!」
最早重症だな。なんて勝手に思っていると
「ゆーいち!!」
「んだよ」
「これにした!!買って来てもいい??」
ニコニコと両手一杯にグッズを抱えた凌輝が弾んだ声色でそう聞いてきたので
「あぁ、いいぜ。買って来いよ」
彼氏の欲目かもしれねぇけど
他の女子と見比べてもやっぱ断然可愛いよな。なんて再認識した俺は笑って答えてやった。
そーすりゃ
「うん、此処で待ってて!!」
なんて言って、タタタと直ぐにレジに向かっていった凌輝が愛おしかった。
そして
「…‥いつも俺に対してもあんくらいの素直さを見せてくれりゃいいのによ」
昔から意地っ張りで強情だった幼馴染の背中を見送った瞬間だった。
「お」
ちょうどディスプレイとして飾られていたコスプレ衣装に目が留まり。
「へぇ。結構種類あるじゃねぇか。アイツ、こういうの似合いそうじゃね??」
様々なメイド服やらセーラー服やらが並ぶ中、俺は男らしい中身とは裏腹に外見は最高に女らしいアイツのコスプレ衣装を想像してやった。
「チャイナ服もまぁ捨て難いが‥やっぱ一番はコレか??」
そして一つの衣装に目が留まる。
其れはガン●ムマニアである俺が愛して止まないヒロインのルナ●リアとカ●リ制服だったのだが―――
「お待たせ!!って、いねーじゃねぇかっ」
「!!」
凌輝の大声が聞こえて来て。
やべぇ。と思った俺は慌てて凌輝の元に駆け寄った。
そーすりゃリョーキは突然居なくなった俺に詰め寄り
「ったく、探しちまったじゃねーか!!此処に居ろって言っただろ?!バカッ///」
責める様に捲くし立ててきやがったのだ。
つうか直ぐお前の元に向かったのに探したもクソもあるかよ。と思いつつ
「あぁ、悪かったよ」
と、適当に謝れば
「…しょうがねぇから許してやる///」
「!!」
ぎぅっと俺の腕に抱き付く様に絡みついてきやがるから。
むにゅ、と豊満な胸が腕に辺りドキッとさせられる。
これだから天然で無意識な誘い受け行為は性質が悪いんだよ。
そう思いながら俺は飾られた衣装の中でも最高に惹かれたルナマ●アの制服を指差し
「なぁ、凌輝」
「何だよ」
「コレ、着て見てくれよ」
「!!」
と、試しに言ってみたのだが―――
「や、やだやだやだっ///ぜーったいヤダ!!」
断固拒否、と言いたげに手をブンブン振って嫌々と首を振る凌輝に俺は唖然とさせられた。
何も其処まで嫌がるこたぁねぇだろ!!
大体人の約束を強引に捻じ曲げたてめぇの我が侭に付き合ってやったってのに俺を労(ねぎら)う気持ちすらてめぇはねーのかよっ
と、いろいろ心の奥底で堪っていた鬱憤(うっぷん)が此処で一気に爆発してしまった。
「凌輝てめぇいい加減にしろよなっ!!」
「さっきだって途中で帰りやがって。俺がどんだけPS Vitaの発売を心待ち楽しみにしてたか分かってんのか??」
「そんな自分勝手なてめぇにいつも付き合ってやってる俺の身にもなってみろ!!」
そして思わず怒鳴り付けてしまえば
「っ///」
俺の怒声に驚いたのか、ビクッと震えた凌輝は流石に我が侭が過ぎたと反省したらしく
「お前にゃ彼氏を労(いた)わる気持ちもねーってのかよ!?」
なんて畳み掛けてやれば
「…ごめん///」
我が侭という言葉はまさにコイツの為にある。と言っても過言では無いほど自己中心的だった凌輝ですら、流石に悪いと思って謝って来たのだ。
そして久々に本気で怒った俺に対し、目を潤ませぷるぷると子犬の様に身体と声を震わせながら
「わるかったよ‥。お詫びに、ゆういちのおねがい何でも一つだけ叶えてあげるから。だからお願い。きらいに‥ならないで??」
俺の背中にそっと腕を回し、きゅうっと抱き付いてくるから
「ッ、クソ///」
危うく理性崩壊しそうになった俺は
しかしここぞとばかり無茶な願いをこの鈍感で天然で、何処までも腐女子な彼女にするのだった。
「…‥だったら、このコスプレ服着て俺に奉仕しろよ」
と。
裏へ続く‥はず