フリースタイラーの変遷

□アレスの天秤編
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わざわざ御堂院に反抗的な態度を取ったって意味はないので、大人しく従うフリをして、はいと答える。


『それでは、そろそろ後半戦が開始するので私は戻ります』

「ああ。期待しているぞ」

今まで契約に基づきアレスの天秤を受け入れていた事や監視で怪しい所がなかったからなのか御堂院は本気で私が従うと思っているらしい。
そう思われているのであれば味覚障害にまでなった甲斐はあるな。

失礼いたします、と頭を下げて、秘書さんがあけてくれたVIPルームの扉を後ろ向きに出ようとして、どん、となにかにぶつかった。

「おっと、」

頭上から低い男性の声が聞こえて、慌てて振り返ってすみませんと頭を下げる。
扉の前に居たのは、褐色肌で前髪をM字に分け長髪を後ろでひとつに纏めた黒髪を持つスーツの男性。

「いや、大丈夫だ。それよりも、確か君は王帝月ノ宮中の選手だったね。早く行かないと後半戦が始まってしまう」

気にせずに行きなさい、と言う男性に礼を述べて早足で廊下を進む後ろで、男性がVIPルームに入って行き、おお!と喜びを上げる御堂院の声が聞こえた。

今の人もどっかのお偉いさんなのか。
いや、そんなことよりも早くコートに戻らないと。



「水津さん!おかえりなさい」

王帝月ノ宮のベンチに戻れば、道端がそう声を上げた。
ただいまと、道端の白い髪を撫でれば野坂が歩み寄ってきた。

「御堂院はなんと?」

『ん、ああ。前半に点を決めたのが良かったみたいでね。後半戦は私が指揮を取れって』


えっ、野坂以外の王帝月ノ宮イレブンから声が上がる。

「まさか、アンタが野坂さんの代わりに?」

西蔭は眉間にシワを寄せてそう言った。
まあ、野坂厨の西蔭だもんね。そりゃあ怒る。

「ふん、御堂院様からの指示は絶対だ。いいか、お前たち後半は水津にボールを回せ。野坂お前は……『監督』

勝手に選手達に指示を出し始めた監督を呼べは、なんだ、と視線を向けられた。

『指揮権は私にあります。黙っていてください』

「なっ、」

『御堂院さんの指示は絶対なんですよね?』

そう言えば、ぐっ、と黙って言い返せない監督はただただ私を睨んできた。
なんとも言えない空気になり、皆がどうしたものかと様子を伺う中、西蔭が大きなため息を吐いた。

「分かりました。あなたの指示に従います」

えっ、あの西蔭が!?と皆が一斉に彼の方を向く。

『えっ!?』

無論私も驚いている。

「なんで、あなたが1番驚くんですか……」

『いや、だって、ねえ』

ねぇ、と野坂を見れば彼は小さく笑った。

「そうだね。僕も梅雨さんに従うよ」

『キミらねぇ……信用し過ぎじゃない、私の事?』

思わず口角が上がる。
御堂院は私が信用されてないと思ってるみたいだが、やっぱりそんな事ないよねぇ。
少なくともそこの監督よりかは信頼されてるよね。

「あなたが野坂さんを裏切らないのは、既に証明済みなので」

そこは野坂基準なのね。
西蔭はブレないなぁ。

『他のみんなも気に食わなくても私の指揮に従ってもらうから』

「いえ。信じてますよ。俺らも水津さんの事」

真っ直ぐこちらを見て一矢がそう言えば、他の子達もうんうんと頷いた。

『そっか。……じゃあ、最初の指示をだすね。野坂』

「はい」

『キャプテンとして、みんなに一言どうぞ』

そう言って手で彼をさせば、一瞬キョトンとした野坂はまた、小さく笑った。

「いい指示ですね」

でしょ?と言えば野坂はうん、とひとつ頷いた後、キリリと表情を正した。

「みんな、いよいよ最後だ。今まで僕に付いてきてくれてありがとう。この試合が終わればこのチームは解散となる。だけど、このチームの事、僕はずっと忘れない。僕の存在する限り」

存在する限り、か……。
ふむ、とひとつ考える。

「野坂さん……!俺たち……」

「言葉は要らない」

草加の言葉を野坂は遮った。

「みんな、最後の試合を戦い抜こう!」

はい!と力強い返事を皆はして、各自フィールドへ散っていく。

「っ、」

みんなが散る背を見ていた野坂が、痛みに表情を歪めた。

「野坂さん」

「ん、」

残っていた西蔭が声をかければ、なんでもないような表情をして野坂は顔を上げた。

「俺……」

「分かってるよ。心配してくれてるんだろ?梅雨さんも、そんな顔しないで」

そう言って野坂はやんわりと笑った。

「正直、僕だって怖い」

そりゃあそうだ。だって死と隣り合わせなんだから。

『笑って言うことじゃないよ……』

だけど彼をピッチから下ろすことはできない。
それなら、御堂院のあの案は悪いものではないのでは…………。
そう、考える私の肩に、ぽん、と手が置かれた。

「野坂さんは、きっと大丈夫です」

はっきりと西蔭がそう言えば、野坂はふふっと笑って目を伏せた。

「そうだね。西蔭。僕は君がいたから自分を見失わずにすんだ。君の前で野坂悠馬は絶対で無ければならなかった。君が僕を皇帝にしてくれたんだ」

以前私も西蔭に言ったように、やっはり彼は自分が周りにどのように見られているかよく理解してる。
彼の育った環境故に、周りの顔色を伺うようになっただけなのかもしれないな。

「僕は何かを成し遂げたかったんじゃない。ただ、自分のことを……自分の存在を誰かに認めて欲しかっただけなんだ」

ごめん西蔭、と野坂が謝る。

「僕は君が思っているような完璧な奴じゃないんだ」

「それでも……」

え?と野坂が顔を上げる。

「それでもアンタは俺のヒーローだ」

いつもの敬うような口調じゃない。
素の、西蔭の本心からの言葉。

少し驚いたような顔をしていたが、野坂は直ぐに嬉しそうに、ああ、と頷いた。

「梅雨さん」

1歩、野坂が歩み寄ってきた。

「初めてだったんです」

何が?と真剣な顔をした野坂を見る。

「甘えてもいいんだと思わせてくれた大人は、貴女が初めてだったんです。ここまで僕のわがままに付き合ってくれてありがとうございます」

野坂は深々と頭を下げた。

「わがままついでに最後のお願いをしてもいいですか?」

『……お願い?』

聞き返せば野坂は、はいと頷いた。

「この試合、全力を持って勝ちたいです」

『それは、もちろん』

そんなのお願いされるまでもなく、だ。

「では、御堂院に言われた事は全部忘れてください。どうせ、試合終了までボールをキープして、このまま勝ち越せと言われたんでしょうから」

流石、戦術の皇帝。御堂院なんかが考える策はお見通しってわけか。

「僕の病気を気にしてそうしようとしていたでしょう」

『私の思考もお見通しか』

「ええ。それに、稲森くんには僕相手に本気で戦うように言っておいて、自分は本気で戦わないなんて、失礼ですよ」

ふふ、と野坂が笑う。
もしかして、あの時、稲森と隠れてたのバレてたか。

『……そうだね。うん。全力で勝とう』

はい、と野坂が返事をして、後ろで西蔭も頷いている。

「行こう、2人とも」

「はい」
『うん』

野坂の隣に並んで3人で歩き出す。


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勝とう。
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