フリースタイラーの変遷

□アレスの天秤編
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ベンチに戻ると、王帝月ノ宮の皆は水分補給やタオルで汗を拭いたりしていた。
その中に目立つマゼンタの髪が見当たらない。

『野坂は?』

「御堂院様からの呼び出しだ」

誰に聞いたつもりでもなかったが、答えたのは嵐監督だった。
しかし、御堂院の所か……。そんなことに行ってたら全然休めないじゃないか。

「前半戦のこのような体たらく、アレスサッカーの風上にも置けない。いいかお前たち──!」

ウンタラカンタラと無能監督による説教が始まるが、もはや真面目に聞いてる選手は1人もいないだろう。

「稲森と、何を話していたんですか?」

筆頭に西蔭が小声で話しかけてきた。
その声は何処か苛立ちを含んでいるように聞こえる。相変わらず監督への嫌悪が凄いな、と小さく笑えば、西蔭は更にムスッとした。

「俺には言えない話ですか」

おや?と首を傾げる。これはもしや……。
妬いてる?いや、まさかね。

『礼を述べただけよ』

「礼…ですか?」

わざわざ嘘をつく意味も隠す意味もないので本当の事を言ったのだが、西蔭はまだ怪訝そうな顔をしている。

「…!水津!聞いているのか!」

『あ、はい、なんです?』

聞いてなかった事を隠さずに監督の方を向けば、彼はふんと鼻息を荒くした。

「強化委員だからと調子に乗りおって……。まあいい。御堂院様がお呼びだ」

『え?私を?』

キャプテンの野坂が呼び出される事は多々あったが、私も呼び出されることはなくもないが、基本、CMに出ろだの、月光エレクトロニクススポンサーのフリスタの大会に出て優勝しろだのそんなのが多くて、この大会についての呼び出しは今までなかった。
しかも、野坂を呼び出した後、また私を呼び出すとなると……野坂が何か言ったのか……。

なんにしろ行ってみないと分からないと、御堂院がいるVIPルームに向かう。

「梅雨さん」

道中で、VIPルームからの帰りであろう野坂と出会った。

「今度は貴女が呼び出されましたか」

『何言ったの……?』

そう聞けば野坂は不敵に笑った。

「この大会のてっぺんに立つ。そう言っただけですよ」

では、と野坂は先に行ってしまう。

『ずいぶんとまあ、晴れやかな顔しちゃって』

憑き物が取れたかのよう。
稲森のあのがむしゃらな説教のおかげ、かな?


さてと。
すう、と一呼吸置いて、扉を叩く。

『失礼します。水津です』

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

御堂院の秘書が扉を開けて、中へと案内してくれる。

「来たか」

VIPルームの椅子にふんぞり返るように座った御堂院はイライラとした様子で肘掛に置いた指を忙しなく叩いた。

『ご要件は?』

出来れば、早く戻って後半までに体を休めたいんだけど。

「水津。試合の指揮権をお前が握れ」

『は、はい?え?ええ?野坂は??』

あの子さっき、めっちゃいい笑顔だったけど、御堂院カンカンじゃん!?

「アレは裏切り者だ。雷門に王帝月ノ宮のデータを渡していた」

『えっ、』

なんかやってるとは思ってたけど、そんな事やってたのあの子!?
そもそも監視まみれの王帝月ノ宮でよくデータ持って出れたね。

「貴様の入れ知恵かとも思ったが、やはり知らなかったか」

『やはり?』

まあ監視で見てたってことなんだろうけど……。

「ふん、野坂はあまりお前を信頼していない様子だったからな」

え、なにそれ、めっちゃ傷つくんだけど……。

『でも、指揮権、私でいいんですか?強化委員なのに』

「私はどんな手を使ってでも、アレスの天秤の価値を示さなければならないのだよ」

そう言って元々の悪どい顔を更に歪めた。

『どんな手でも……』

「水津よ、契約を忘れたわけではあるまい」

『え、ええ。マネージャーではなく選手として試合に出る事とアレスの天秤(アレスシステム)に従うことが絶対条件、ですね』

「そうだ。それに貴様も強化委員制度を失敗に終わらせたくはないだろう?」

確かに。強化委員のいない雷門が勝てば強化委員制度に意味があったのか、という疑問を世間に抱かせるかもしれない。

『勝つために指揮を執るというのは構いません。しかし、今更彼らが私の指示に従うとは思いませんが…』

「誰もチームの指揮を取れなど言ってはいない。私は、ゲームの指揮権を握れと言ったのだ」

どういうこと、と考える。

「なに、そう難しいことではあるまい。貴様は、去年雷門中と帝国学園の練習試合で、数分間1人でボールをキープしていたと聞く」

『まさか……』

前半終了時点での得点は3-2と王帝月ノ宮が勝ち越している。つまりだ。

『試合終了まで、ボールを持って逃げ続けろ、と!?』

「できんとは言わせんぞ。フリースタイラーよ」

戦術の皇帝を打ち破るのはお前だ
と、憤る御堂院は、すっかり敵の見分けがつかなくなってしまったようだった。
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