フリースタイラーの変遷

□アレスの天秤編
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「気をつけてください。灰崎は野坂さんへの憎悪で膨れ上がっているように見えます」

「分かってる。彼とはここで決着を付ける」

西蔭の忠告にそう答えていた野坂だったが…………、試合再開後ボールを持った野坂に激しいチャージを何度も灰崎が噛ましてきて、吹き飛ばされてしまう。

「反則スレスレだ!」

「熱くなりすぎてますね……」

「灰崎の奴……!」

同じチームの雷門イレブン達から、非難が上がっているレベルだ。

「頭を冷やせ、灰崎!」

灰崎の足元からボールを奪い去った万作が直ぐさま服部へ、そして服部は気持ちが分かるけど!と言いながら岩戸へパスし、岩戸は見てて辛いと、ゴール前の剛陣へとパスを出した。

「うらぁ!ファイアレモネード!」

これは余裕でしょ、とシュートをゴールキーパーの西蔭に任せる。
必殺技を使うまでもなく、ガッシリと西蔭はボールを掴んだ。だが、何故だか彼は凄く驚いたような表情になった。

「…………これは」

西蔭は自身の右手をじっと見つめている。
何か、あのシュートに感じるものがあったのだろうか……。
剛陣鉄之助。これまで目立った活躍の無かった雷門のFWだ。
フットボールフロンティアの決勝戦。言わば最終回とも言えるこの局面で、何も無いキャラがココに立っているわけない。

『……灰崎よりよっぽど要注意かも』

警戒に越したことはない。

が、他の子達もやはりここまで来たから成長を遂げている。

万作のスパークウィンド、奥入のザ・ラビリンス、日和のシューティングカットなど、アレスの天秤の予測を遥かに超える技の多集で、灰崎へとボールが回る。

『止める!』

ゴールへ一直線に走る灰崎へと対面するが、彼はひるむことなくタックルの突っ込んできて、私は安易に飛ばされた。

『ぐっ、』

「ざまあ!」

「灰崎!」

煽ってきた灰崎に稲森が叱咤してくれるが、その調子ずいた灰崎の隙を狙って野坂がスライディングでボールを蹴飛ばす。
だが、飛んだボールは小僧丸が拾ってしまう。

「見せてやる!俺だけの技を!」

そう言って小僧丸が炎の渦と共に飛び上がる。

「火だるまバクネツ弾!!」

豪炎寺をリスペクトしていると言っていた彼は、今まで、ファイアトルネードや爆熱ストームなんかを使っていた。
そんな彼の編み出した新たな炎のシュートは、真っ赤なダルマを炎の渦でブーストさせて飛んで行った。

ゴール前の西蔭は王家の盾を構えて迎え撃つ。
盾とダルマが勢い良くぶつかり、盾の方が割られてしまう。そのままボールはゴールへと押し入ってホイッスルが鳴った。

《決まったァ!小僧丸の新必殺で、雷門同点に追いついた!》

やはり簡単に、"雷門"には勝たせてもらえないようだ。

『西蔭、怪我は無い?』

火だるまバクネツ弾に押されて後ろに倒れていたが大丈夫だっただろうか。

「すみません。止めると言っておきながらまた…………」

『気にするなとは言わんけど、切り替えはしな。次に集中して』

「はい」

やっぱり、データばかり得ても実践経験が少ないとこうなるよね。
今までの、相手をボコボコにする王帝月ノ宮の戦法じゃ、そもそもシュートされた数も少ないし、まさか、こんな試合の中で成長されるなんて経験もないし。
今後の課題は初見技への対応だろうな。


ふと、フィールドを見ると、喜ぶ雷門と裏腹に、王帝月ノ宮の子達がしょぼくれていた。
……ずいぶんと表情豊かになったものだ。

『みんな。まだ同点。点を取れば良いだけの話だから』

「そうだ。また点を取ればいい」

私の言葉に野坂が同意すれば、しょぼくれていた子達は、そうですね、と強く頷き返した。

『野坂…………大丈夫?』

「ええ」

頷いた野坂の額は汗をかいているし、息も荒い。それにいつもの死んだような瞳の奥底に恐ろしい何かが住んでいるようなそんな怖さを感じた。
灰崎の瞳は復讐に燃えていたけれど、野坂のそれは執着のようなもの。

『怖いねぇ…………』

本当に怖い。

「見せてやる。王帝月ノ宮の本当の力を…………!」

試合再開後、一矢からボールをもらった野坂がドリブルで駆ける。

「行かせねぇ!」

またも灰崎が野坂の前に立ち塞がるが…………

「遅い!」

野坂はボールごと灰崎に膝蹴りを喰らわせて吹き飛ばす。
やってることはほぼジャッジスルーだ。

「くっ……!」

稲森が間髪入れずにスライディングを仕掛けて来たが、野坂はそれをも飛び越えてしまう。

「もらった!」

ゴールには少し距離があるが、今しかないと言うように足を止めた野坂は右手を顔の前から後ろへと振り払う。

「キングス・ランス!」

化身のようなものが野坂の背後に現れ、彼がボールをシュートすれば化身が手に持った槍をぶん投げた。

「ザ・ウォール!!」

ゴール前の壁として岩戸が立ち塞がったガ、キングス・ランスは壁を越え打ち砕きゴールへと飛んでいく。

「マーメイドヴェール!うおおおお!!」

雄叫びを上げながらのりかちゃんが構えるが、キングス・ランスはマーメイドヴェールをも突き破り、ゴールへと刺さった。

《入ったァ!野坂の新必殺シュート!!》

ゴールを決めた野坂はハアハアと荒い呼吸を繰り返している。

「ぐっ!」

急に野坂が頭を抱えて後退る。

『野坂!?』

慌てて駆け寄って、その背に手を置く。

『野坂、もう、限界なんじゃ……』

大丈夫なわけないだろうと、顔をのぞき込む。

「アレスの天秤が、一体、なんだったのか……、この、試合の終わりに、その答えがある……!それはまでは、フィールドに立っていなければならないんだ!」

野坂は目をかっぴらいてそう言った。

『野坂……』

せめて頭痛が軽くなるツボでも押してやるか?とか思っていれば、前からこちらにやってくる足音がして顔を上げる。

灰崎が、野坂の前で立ち止まり睨みつけてきた所で、ピッピーッと前半戦終了のホイッスルがなった。
よかった。これで野坂を休ませれる。……と言いたい所なのだが、まかかの、睨んでくる灰崎を前に野坂も睨み返して動かない。

「野坂、灰崎…………」

睨み合う2人にまた1人歩み寄ってきた。

『稲森…………』

「そんなサッカー、楽しいの?」

足を止めた稲森は2人にそう問う。

「なにぃ?」

「今のお前たちはなんだよ。反則ギリギリのプレーで……。ちがうだろ!そんなのサッカーじゃないだろ!」

稲森が割って入れば、灰崎も野坂もムッとして眉を吊り上げた。

「キミに何が分かる……!僕たちの何が分かるって言うんだ!」

「分からないさ。お前たちが何のためにサッカーしてるか何て俺にはよく分からない。…分かりたいとも思わない」

灰崎の事はどうだか知らないが、少なくとも野坂の事情は知っているはずだ。
それでも稲森はそう強く言い伏せる。

「野坂。全力で向かってくるなら全力で向かい打つ。俺はお前みたいな凄い相手とちゃんと戦いたいんだ」

野坂へと真っ直ぐに思いを伝えた稲森は今度は灰崎を見据えた。

「灰崎。お前はなんで1人で戦ってるんだ?俺たちはチームだろ。お前の勝ちたいって気持ち俺たちにも一緒に背負わせてくれよ」

そう伝えたあと、稲森は左手で灰崎の、右手で野坂の胸グラを掴んだ。

『え?』

ずっと落ち着いたトーンで喋っていた稲森の突然の行動に驚いた。

「サッカーは誰かを負かす為にやるんじゃない!!思いを繋げる為にやるんだ!!強い敵に合えば、自分の小ささと大きさを知ることができる。そうやって、そうやっていくうちに、この胸があつくなるんだ。熱くなって、仲間との絆を感じられる……。それがサッカーだろ!俺たちの好きなサッカーだ!」

彼の言うことの全て 共感できるわけではないが、伊那国(仲間)とのサッカーを続けるためだけに、わざわざチームごと雷門中に転校した稲森らしい言葉だと思う。

「2人とも、サッカーやろうよ」

いや、と稲森は言葉を区切った。

サッカーやろうぜ

そう言って稲森が手を離せば、2人は何も言わず稲森に背を向けそれぞれのベンチの方へ歩いていく。

「灰崎……、野坂…………」

稲森は不安そうに2人の背を交互に見つめた。

『ありがとう稲森。約束を守ってくれて』

「水津さん……。俺、上手く2人を説得出来たかな」

『うーん、私なら何言いたいんだお前って思ったかもね』

「ええ……」

ダメだったかなぁ、と稲森は肩を落とす。

『相手を負かすためだけにやるのは、確かに良くないけど、でも勝負事で勝ちを目指すのは当然だし、勝つ者がいる上で負ける者が出るのも当然。そして、その勝ちを一眼となって目指すのがチーム。そうして生まれるのが絆なんじゃない?』

「それです!俺が言いたかったのは、そういことで……うぅ、言葉を口にするのって難しいなぁ」

『そうね。だったらプレイで示せばいいんじゃない?』

そう言えば稲森は、ハッとしたように顔を上げて、はい!と大きく頷いたのだった。
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