フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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泥のフィールドでの練習の3日目。
明日が試合という事で、身体を休めろと今日の練習は早めに終わった。

お風呂で泥を落として、泥で汚れたサッカー部のユニフォームではなく、学校指定の秋ちゃんと同じ色の学校指定ジャージに着替えて髪を乾かしながら食堂に向かえば、奥のキッチンでマネージャーたちが夕飯の準備をはじめていた。

「おつかれです」

私に気づいた冬花ちゃんがペコリと頭を下げる。

「おー、梅雨!おつかれ!」

冬花ちゃんの奥から顔を覗かせたのは塔子ちゃんで、彼女はリカちゃんと一緒に今日も練習の様子を見に来ていた。

『塔子ちゃん達、お手伝いしてくれてるの?ごめんね、髪乾いたら私もすぐやるね』

そう声をかければ、奥からボウルを抱えたリカちゃんが出てきた。

「アンタ今日は休んどき。ウチが代わりに美味いお好み焼き焼いたるからな!」

『えー!いいの?』

「任しとき!ウチのお好み焼き食べたら優勝間違いなしやで〜!!」

『それは楽しみだわ』

じゃあ、リカちゃんの言葉に甘えて、別の仕事をしようかな、と考えながら椅子に腰掛け髪を乾かす。

そうしていれば、ドタドタという足音が聞こえて、バンダナをしておらず、髪も水に濡れていつもは耳の様に飛び出している髪がしおれた円堂が入って来た。

「水津!付き合ってくれ!」

入ってくるなりの円堂の言葉に、えっ!?っと驚きの声が厨房の方から複数聞こえた。

なんや告白か!と目をギラギラとさせたリカちゃんの後ろで、秋ちゃんがフフッと小さく笑った。
円堂に限ってそれは無い、と秋ちゃんもわかっているのだろう。

『なに?練習?』

「いや、それも頼みたいけどそうじゃなくって……!」

ブンブンと円堂は頭を横に振る。

「豪炎寺の父ちゃんに会いにいくのついてきてくれよ!」

『豪炎寺のお父さんか……』

「説得しに行きたいんだけど、オレ豪炎寺の父ちゃんの顔知らないから……!」

ダメか?と円堂が見つめてくる。

まあ、私が付き添っても話は大きく変わらないだろうし。
寧ろ、豪炎寺の遺伝子なら帝国学園との試合の時の豪炎寺のように、こちらがアクションを起こさないといけないようなバグがあるかもしれないし。

『いいよ』

席から立ち上がって円堂に歩み寄る。

『でも、まずお互い髪を乾かしてからね』

と、円堂の首にかかっていたタオルを頭に乗せ変えて、わしゃわしゃと拭くのだった。






昏睡状態だった夕香ちゃんの担当医でもあったはずなので、夕香ちゃんの病室のあった階にいるだろうとエレベーターを降りた。

違ってたらナースステーションで聞こうか、と話しながら院内の廊下を歩いていたら、向かい側からカルテを見ながら歩いている白衣の男性が現れた。
白いメッシュの入った青い髪をオールバックにしていて、口ひげが特徴的な男性。
かけているメガネの奥に見えるつり上がった目がどことなく豪炎寺と似ている。

『この人だよ』

小さく円堂に伝えると、彼はうん、と頷いた後、1歩前に出た。

「ん?」

廊下を塞ぐように現れた影にやっと、豪炎寺の父親はカルテから顔を上げた。

「オレ、雷門中サッカー部の円堂守です」

自己紹介をした後、円堂はきっちり90度に腰から折れた。

「お願いします!豪炎寺からサッカーを取り上げないでください」

豪炎寺の父親は何も言わず、ただ円堂を見つめた。

「アイツはサッカーが好きなんです!好きで、好きで、大好きで。でも、夕香ちゃんのことに責任を感じて、……、自分から、サッカーをやめて……」

途中から円堂の声が震えだした。

「今、やっと好きなサッカーをやれるようになったんです。お願いです!豪炎寺から、サッカーを取り上げないでください!」

ひたすらに頭を下げ続ける円堂の横を、無惨にも豪炎寺の父親は通り過ぎていく。
はっ、と円堂が頭を下げたまま悲しそうな顔をした。

「急いでいるのでね。失礼する」

『豪炎寺、……修也くんがどんな顔でサッカーするか、貴方がご存知ないわけないでしょう?』

「…………」

そのまま去ろうとする豪炎寺の父親を、思わず引き止めてしまった。
これがシナリオ通りだというのに……、この円堂の様子をみて何も思わないわけ!?と思わず口が動いてしまった。

豪炎寺の父親は足を止めてはくれたが、こちらは見ない。

『奥様の遺言を大切に思うのは、悪いことだとは思いませんが』

なぜ、それを、というように豪炎寺の父親はやっとこちらを向いた。

『けど、そのせいで今の彼がどんな顔でサッカーをしているのか知らないでしょう?』

歩み寄って、長方形の紙を差し出す。

『関係者用の観戦チケットです。貴方のエゴで、彼の最後の試合になるんです。貴方には見る義務があります』

そう言って、無理やりカルテを持っていない方の手に押し付ける。

『では、失礼します』

行くよ円堂と声をかけ、足早にその場を立ち去るのであった。


彼の顔を見れば
私が言いたいこともわかるでしょうよ。
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