フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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「明日の夜は誰もグラウンドを使わないよう、皆への伝達と当日は見張っているように」

急に久遠さんに呼び出されたかと思えば、そう告げられた。

『はあ』

夜になんかイベントあったっけ?と記憶を辿る。

「グラウンドに業者がはいる」

『業者ですか?』

なんの?と首を傾げても、久遠さんは教えてくれない。

「それから、明後日からはこれを使うようにマネージャーに伝達を」

そう言って渡されたのは3kgある四角い箱。

『泥汚れ専用洗剤……!』

パッケージに書かれたその文字を見て思い出す。

『ああ………。洗濯もっと大変になるのか………』

今でさえ結構な大仕事だというのに。
豪炎寺のように家が稲妻町内の子は、自宅で洗濯して来てくれたりするが、半数以上は地方から集まったメンバーだから合宿場での洗濯になる。

はあ、とため息を吐くと共に後ろの扉がスパンと開いた。

「監督!」

大きな声と共に円堂が入ってくる。

『円堂。ちゃんとノックしないと』

「あ、水津……!」

私が扉を閉めながらそう言えば、円堂は慌ててごめんと謝った。

「要件は」

監督が短く聞けば、円堂はそうだ!と監督の方へ向き直した。

「豪炎寺の事なんですけど!アイツ、医者になるためにドイツに行くって!」

「ああ。今回の試合が終わったら、と聞いている」

なるほど。最近、豪炎寺が吹っ切れた顔をしていたが、やっぱりシナリオ通り親に従うことにしたか。

「お願いです!監督からも頼んでください。一緒にFFI世界大会へ行けるように豪炎寺のお父さんに!監督からも!」

「……難しいだろうな」

監督のその言葉に、円堂はえっ……と零す。

「元々彼の父親からは、次の決勝戦も出さないよう申し入れがあったそうだ」

「次の試合にも!?」

「だが、彼はこの一戦でサッカーを辞めることを条件に、決勝戦にだけは出られるよう父親を何とか説得したと聞いている」

「な……」

そう言われてしまっては、もうどうしようも出来ない。

『円堂』

これ以上ここにいても、久遠さんが動くことはない。

行こうと、袖を引き部屋の外へと引っ張り出す。

「水津……、豪炎寺の事どうにもなんないのかな……」

とぼとぼと廊下を歩きながら円堂が呟く。

『豪炎寺自身が父親に従うって決めたんなら、どうしようもないよね。それこそ、豪炎寺のお父さんが心変わりでもしない限り』

「そう、だよな……」

がっくし、と円堂が肩を落とす。

一応ヒントは言ったよ、円堂。
大人が動かないのであれば、後はキミが動くしかないよ。

『あ、そうだ。円堂、久遠さんが明日の夜はグラウンド使っちゃダメだって』

「え?なんで?」

『整備するんだって』

泥沼に、だけど。

「そっかー。じゃあ明日は鉄塔広場で特訓だな!」

休みにするんじゃなく、別の場所で特訓する事を決める当たり流石円堂だなぁと感心してその夜は別れた。

翌日の夜、予定通り業者の方が来て整備されたグラウンドは、その次の朝にはすっかり姿が変わっていた。

アジア予選決勝での相手が韓国に決まり、必殺技の特訓だ!と意気込んだ皆に、その必要は無いと言い、久遠監督は変わり果てたグラウンドへ皆を集めた。

「決勝戦までの3日間はここで練習してもらう」

「これは……」

栗松が溝の掘られたフィールドの前にしゃがみこみ、指を差し込んでみる。

「これは……」

指に付着したものをマジマジと見つめる栗松の横に木暮が近づいてなんだなんだと見つめた。

「泥でヤンス!」

ええっー!とみんなの叫び声が響く。

たった一晩でグラウンドが泥沼のフィールドへと変えられてしまっていた。

「どういう事ですか?こんな泥の中で練習しろだなんて」

意図があるのだろうと鬼道が聞くが、相変わらず久遠さんの返事はない。

「それより必殺技の特訓をすべきじゃないですか?吹雪達の連携必殺技だってもう少しで完成するんです」

風丸がそう言えば、うんうんと吹雪と土方が頷く。

「必殺技の特訓は必要ない」

「でも……監督!」

「お前たちは言われた通りにすればいい」

有無を言わさぬその言葉に、皆、はあ?と納得がいかないような顔をした。

「何をしている。早くしろ!」

「ホントにこんな所で練習するでヤンスか……?」

みんなが不安そうに顔を見合わせる。
まあ正直泥の中なんか入りたくないよねぇ。

「……!?」

様子を伺っていた皆の横をボールを小脇に抱えた豪炎寺が通り抜け、彼は何食わぬ顔で泥の中にスパイクで踏み込んだ。

「豪炎寺さん……!」

ベチャベチャと音を立てながら前に進んだ豪炎寺は、ボールを下に落とす。
そうすれば、硬いグラウンドと違って泥沼に落ちたボールはベシャッと豪炎寺のユニフォームに泥はねを浴びせた。
だが、彼はそれを一見した後すぐさま前のゴールだけを見据えてドリブルで進み始めた。

「……!」

「円堂くん!?」

豪炎寺に感化されて、円堂も泥のフィールドへと飛び込んだ。

「豪炎寺!」

円堂が声をかければ足を止めた豪炎寺は、彼を見て頷いて、えい、とボールをパスした。
円堂の前に落ちたボールは、またもベシャリと泥はねを作って落ちた。
円堂のユニフォームもドロドロになる。それを気にせず走り出した豪炎寺に、円堂もボールを蹴り返して共に走り出した。

「鬼道……!」

「ああ。俺たちもいこう!」

2人に感化されて、他の皆も泥のフィールドへと次々に入っていく。

『いやぁ、こりゃ洗濯のしがいがあるね……』

はははは、と乾いた笑い声をあげる。

「昨日、お父さんから渡されたって言ってた洗剤、コレの為だったんですね」

冬花ちゃんはそう言って、チラッと久遠さんの様子を見た。

「ホント、みんな泥まみれね」

「あっちゃー。緑川さん、転んじゃいましたよ」

いくら泥汚れ専用洗剤を与えられたからといって、あれだけの量の洗濯物を泥の着いたまま洗濯機にぶち込むわけにはいかないから、ある程度手洗いで落とさないと行けない絶望にマネージャーたちは皆遠い目をしている。

「水津」

久遠さんに短く名を呼ばれ、嫌な予感がするなぁと思いつつ振り返る。

『なんでしょう?』

「トレーナーとして実践指導をして来い」

行ってこいと久遠監督は泥沼を指さした。

『……まじ?』

いや、なんの為のコレか知ってるから私が適任なのもわかりますけどねぇ……。

出来れば遠慮したい
けど、久遠さんの圧に負けて、渋々泥の中に足を踏み入れるのであった。
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