フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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(side 染岡)

水津から興味あるなら一緒に行く?と誘われた映画。テレビのCMで流れてて面白そうだとは思ったが、正直、映画の内容に興味があったわけではない。
でも、これはチャンスなんじゃねえか、と思ったら、行くと返事していた。

本当は半田に練習付き合ってもらう予定を入れていたが、時間ズラしてくれねぇかと連絡したところ理由を聞かれ、水津に映画に誘われたと正直に話せば、「デートじゃん!やったな!」と快く日程を変えてくれた。


そう、やっぱりこれって……デートだよな。
水津にそんな気が更々無いのは分かっているが、それでも勝手に舞い上がって約束の1時間も前から待ち合わせ場所に着く始末。
そわそわしながら待っていれば、約束の10前に水津がやってきた。

『早いね染岡』

その声に顔を上げて驚いた。
目の前に立った彼女はいつもと違った。

「あ、ああ………水津、だよな」

もっとラフな格好で来るかと思っていたから、随分と大人っぽくて驚いた。いや、中身が大人なんだから、大人っぽいって表現はおかしいのかもしれないが……。
見惚れていれば、水津はちいさく吹き出した。

『ふふっ、なに?私服じゃわかんなかった?』

声で水津だと分かったが、いつもの制服やジャージ姿とは全然イメージが変わる。

「あ、いや、そういう格好してくるとは思ってなかったつーか、その……」

『ああ、もしかして洒落っ気がないと思われてた?私だってお出かけする時はお洒落くらいしますー』

「そ、そうだよな」

俺と出掛けるからとかじゃなく、普通に出かける時もオシャレすんだよな……。
それにしても……、大人っぽい服だけど可愛くて水津に似合ってると思う。

「あー、その……」
『じゃあ、そろそろ向かおうか。混むかもしれないし早めの方がいいでしょ』

褒め言葉のひとつでもと思い口を開きかけたタイミングで水津がそう言った。
言ったあと水津は、ん?と不思議そうに首を傾げて俺を見た。
完全に言いそびれたというか、この一瞬でなんと言えばいいか思いつかなかった。
こういう時、吹雪ならサラッと、その服似合ってるねとか言うんだろうけど、俺には出来なかった。

「あ、ああ、そうだな。行こうぜ」

ぎこきちなく同意をして、歩いて映画館に向かう。 その間に、褒めようと何度か挑戦したが、言えずにそのまま映画館に着いてしまった。

中身は大人だと明言する割に、こういう時は存分に中学生を活用するのにちゃっかりしてんな、と思いながら中学生2枚で、と売り場に伝える水津を見る。

『映画中に隣でポップコーン食べられても平気な人?』

水津はチケットを買い終わるなりそう聞いてきた。

「おー、気にしないつーか、むしろ俺も食うしな」

『ほんと?なら、飲み物と一緒に買って行こ』

販売カウンターの列に並び、上部に貼られた品書きを見る。

『あ、ペアセットだって。お得になるし、塩とキャラメルと2種類入ってるしこれにしない?』

俺の顔を見上げながら、水津が提案してきて、ペアセットという単語に思わず固まる。

『あー、シェアするの嫌?』

「い、嫌じゃねぇ!けど……」

見つめてきた水津から思わず目を逸らす。
それってカップルみたいじゃねえか?とは言えずに黙る。

『けど?』

「……いや、その、飲み物は何にすんだよ」

目を逸らしたままそう聞けば、水津は品書きの方へ視線を移した。

『うーん、コーラかな。染岡は?』

「俺もそれ」

『おけおけ』

そう頷いた水津が、財布を開き出して俺も慌てて財布を出せば、水津がそれを止めた。

『いいよいいよ、ここはお姉さんが払うから』

「なっ、ダメだろ!」

こいつこういう所あるんだよな。
今まででも、来々軒だとかで後輩達に揚々と奢っているのを見た。

『あっ、すみません。ペアセットで飲み物はコーラ2つで!』

ダメだと言ったにも関わらず、水津は順番が来るなり注文をして現金を置いた。

「おい」

その行動の素早さに思わず睨みつける。

『他の子だったらラッキーって喜ぶのに、変わってるわね』

やっぱり、他の奴らと一緒のガキ扱い。

『あ、ありがとうございます。ほら、染岡持って』

言われるがままに出てきたポップコーンとコーラの1つを持つ。
水津が財布にお釣りをしまってもうひとつのコーラを持つの待ってから売り場を離れる。

そりゃあ、水津から見たらガキなんだろうけど……。
他の奴らと同じような扱いは嫌だ。

『日頃頑張ってるからお姉さんからのご褒美だよ。嫌だった?』

困ったような笑みを浮かべながら、伺うようにそう言われた。
そのお姉さんムーブが気に食わない。
対等じゃない。

「…………」

『染岡?』

顔色を伺うように覗き込んでくる水津を見て、はあ、と大きなため息を吐いた。
気づいてはくれないよな。

「次は、俺が奢るからな」

絶対に奢らせてたまるか、と水津を見れば、本当に分かってるのか分からないが、分かったよ、と返事が帰ってきた。

「ほら、開場したし行こうぜ」

そう言って先に歩き出した俺の後に水津が大人しく着いてきて、シアターに入るのだった。



約90分の上映が終わり、面白かった、と感想を言い合いながら人の波に乗ってシアターから出る。

『わお、グッズ売り場凄い人だね』

水津の言葉にグッズ売り場を見れば、出てきた客がゾロゾロと並んで列をなしていた。

「買ってくか?」

『うーん、いいや』

オタクだと自負して目金とよく○○のグッズが〜、とか話をしているし、映画も面白かったと言っていたから欲しいのかと思ってそう聞いたのだが、少し悩むような素振りを見せたあと水津は首を振った。

『染岡が欲しいのあるなら買っておいでよ。待ってるから』

「いや、俺も別にグッズまではなー」

映画は面白かったが、そういうの集める趣味でもねえし。

『さて、と。それじゃあ……』

そう水津が切り出してきて思わず、あ、と洩らす。
そうか、映画が終わったら解散、だよな…………。

『どうかした?』

きょとんとした顔で水津が首を傾げる。

「あー、いや……」

これで終わりは嫌だし、わざわざ日程変えてくれた半田にも申し訳がつかない。

「な、なあ!」

意を決して放った声は、上擦ってしまった。

「まだ、この後時間あるか?」

『うん。大丈夫だよ』

その返事に、心の中でガッツポーズを決める。

「なら………」

引き止めることしか考えていなかったので、慌ててどうするか考える。

「そうだ!俺、新しいスパイク欲しいんだよ。選ぶの付き合ってくんねえか?」

咄嗟に思いついたのがそれで、全然デートっぽくねえと後から思う。

『ああ、練習用の?いいよいいよ』

それなら、と1番近いスポーツショップ、ペンギーゴ稲妻店に行こうと言う水津の提案で移動した。

「色々あるから迷うんだよな」

サッカー用品の中で棚に並べられたスパイクを眺める。
引き繋ぐために咄嗟に出した案ではあるが、実際そろそろスパイクを買い替えたいとは思っていたので真剣に悩む。

『いつもはどうやって選んでるの?』

「いつもは値段が予算内なのと、あとはデザインで好きな奴を選んでんだけどよ。こういうのってちゃんと選んだ方がいいんじゃねえのかって思いはじめて、な」

代表に選ばれるような奴らは、スパイクひとつにだってこだわりがありそうだし。

『そうね。ちゃんとしたスパイクを選ぶのは大事だね。けど、好きなデザインを選ぶってのは練習のモチベーションに繋がるしいいと思うよ』

そう肯定もしてくれた後、水津は屈折位置がちゃんとしたスパイクがいいと教えてくれる。

『あとはそうね……。雷門中のグラウンドも河川敷のグラウンドも土だし、土のグラウンドでやるなら裏の丸いのが多い奴がいいんだって』

「お前、すっげぇ勉強してんだな」

ちょっと聞いただけでつらつらと説明が返ってきて感心する。

『そりゃあね。下手すりゃ命に関わることだし、トレーナーとして少しでも選手たちの危機回避出来るなら、と思って』

真面目な顔してそう言う水津のこういうところがいいなと思う。

「そうか。そういうところ尊敬するわ」

教えてもらったことを参考にスパイクを選ぼうと、ひとつ手に取ってみる。
スパイクの裏をひっくり返して見たり、両手で押して曲げてみたりして、サイズの合う良さそうなのを見つけたが、値段が……。
今の小遣いじゃ足りねぇな。
どうすっかな、と顔をあげて水津がスパイクを見ていないことに気づいた。
水津は他のサッカー用品の棚を見ていて、その中でも色とりどりの編み込まれた紐を眺めていた。

「ミサンガか?」

『ああ、うん。可愛いな、と思って』

視線をこちらに向けることなく、水津はそう答えた。
見つめる先のミサンガの中に、青と赤と白で編み込まれたものがあった。日本代表カラーっぽいし、青みががった髪色をしている水津に似合いそうだと思った。

「ふーん。買うのか?」

じっと見ていた割に、水津はすぐにううん、と首を振った。

それからこちらを向いて、俺の手の中のスパイクを見た。

『それに決めた?』

「あー、いや。サイズもちょうどいいし、ちゃんと曲るし気に入ったんだけど値段がよお……。小遣いが足りねぇし、親に相談してからにするわ」

また水津が、買ってあげようとか言い出さないように親に相談することを強調してスパイクを棚に戻す。

他に欲しいものはないか、と2人で一通り店内を見たあと店を出る。

『眺めてるだけでも結構楽しかったね』

「そうだな……」

楽しかったが、これで終わりか、と考える。
進展らしい進展もない。ただ、映画見て、ポップコーンを奢られて、スポーツショップでスパイク見て…………。

「あー、水津、ちょっと待っててくれ!」

そう声をかけて、水津を置いてさっき出たばかりの店内へ戻った。


「悪い、待たせた」

数分で外に出て、ぼんやりとした様子で待っていた水津に声をかける。

「やる」

そう言って、店で包んでもらった小さな袋を水津に押し付ける。

なに?と水津は不思議そうな顔をしている。

「……ポップコーンの礼だ」

そうでも言わないと、受け取ってくれなそうだし、高いもんじゃない、という意味も込めてそう言えば、水津はそっとそれを受け取った。

『開けていいの?』

頷けば、水津は小袋を開け中身を手に取った。

「さっき、見てただろ」

『日本代表カラーだね』

水津がどれが好きなのかは分からなかったから、俺が似合うと思ったその色にした。

『ありがとう』

「いや、その…………」

自分から女子にプレゼントなんかした事なかったし、気恥ずかしくて顔を逸らす。
気に入ってくれたんならいいけど、と横目で見れば水津は、右の手首にミサンガを付けた。

『どう?似合う?』

そう言ってミサンガを付けた腕を小さく掲げてきた。

「あ、ああ。に、似合ってる」

服の時は言えなかったが、今度は何とか言えた、と思っていれば、水津が嬉しそうにありがとうと笑い、その笑顔が可愛くて思わず顔が赤くなる。

喜んでくれているし、これは、少なくとも悪い感じではないんじゃないか!?

「な、なあ、そのミサンガ。良かったら、俺が代表入りするまではつけててくれよ。その、約束つーか、なんつーか……その時にお前に話したいこともあるし」

勢いでそう言ってしまう。
気恥ずかしくて目を逸らしたまま、頬を掻く。

『…………いいよ。必ず代表入りするって、約束ね』

水津は少し考えるように溜めたあとそう言ってくれた。
よし、と心の中でガッツポーズをする。

「おう、約束な!」

それじゃあ、またな、と照れくささから逃げるように走って帰路に着くのであった。
後ろで水津が頭を抱えているとは気づかずに…………。
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