フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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約束の時間の10分前に駅前に到着すれば染岡はすでにそこに居た。
まさか5分よりも前に来てるとは思ってなかった。

『早いね染岡』

そう声をかければ、染岡はこちらを見て固まった。

「あ、ああ………水津、だよな」

頭の上からつま先まで見るように視線を動かした染岡のその言葉に思わず吹き出した。

『ふふっ、なに?私服じゃわかんなかった?』

まあ、いつも制服かジャージかユニフォームだもんね。

「あ、いや、そういう格好してくるとは思ってなかったつーか、その……」

『ああ、もしかして洒落っ気がないと思われてた?私だってお出かけする時はお洒落くらいしますー』

「そ、そうだよな」

そう言って染岡は忙しなくキョロキョロと視線を動かした。

「あー、その……」
『じゃあ、そろそろ向かおうか』

混むかもしれないし早めの方がいいだろうとそう言ったタイミングで染岡が何か言いかけた気がして、ん?と彼の顔を見る。

「あ、ああ、そうだな。行こうぜ」

なんだか、妙な吃りをみせて、頷いた染岡を不思議に思いながらも、行こっかと歩き出す。

映画館に着くまでの間、隣を歩く染岡は何故かずっとソワソワとしていて少しうわの空そらでいた。
早く来てたし、この映画がそんなに楽しみな
んだろうか。
練習に明け暮れている染岡を誘ったのは悪かったかなと思っていたけど、楽しみにしているようなら良かったと少しホッとした。

映画館に着くなり、中学生2枚でと、学生証を見せてチケットを買う。
いつもは中身はアラサーだから中学生をやっている現状に少しばかりの抵抗があるが、こういう時お得になるのは便利だなとも思う。

『映画中に隣でポップコーン食べられても平気な人?』

「おー、気にしないつーか、むしろ俺も食うしな」

『ほんと?なら、飲み物と一緒に買って行こ』

そう言って、販売カウンターの列に並び、上部に貼られたお品書きを見る。

『あ、ペアセットだって。お得になるし、塩とキャラメルと2種類入ってるしこれにしない?』

そう言って染岡を見上げれば、彼は顔を赤くした。

「ペア、セット………」

『あー、シェアするの嫌?』

「い、嫌じゃねぇ!けど……」

そう言って染岡は目を逸らす。

『けど?』

「……いや、その、飲み物は何にすんだよ」

目を逸らしたまま小さな声でそう聞いてきた。飲み物を聞いてきたってことは、ペアセットでいいんだな?

『うーん、コーラかな。染岡は?』

「俺もそれ」

『おけおけ』

頷いて、スムーズに会計出来るように財布を開けば、慌てたように染岡を財布を出した。

『いいよいいよ、ここはお姉さんが払うから』

「なっ、ダメだろ!」

『あっ、すみません。ペアセットで飲み物はコーラ2つで』

染岡の制止と共に順番が来て、すかさず注文と共にお金を置く。

「おい」

その声に顔を見れば染岡はムッとしていた。

『他の子だったらラッキーって喜ぶのに、変わってるわね。あ、ありがとうございます。ほら、染岡持って』

出てきたポップコーンとコーラの1つを染岡に持たせ、自分は財布にお釣りをしまってもうひとつのコーラを持って売り場を離れる。
染岡の顔はまだムッとしたまま。

『日頃頑張ってるからお姉さんからのご褒美だよ。嫌だった?』

「…………」

『染岡?』

そんなに奢られるの嫌だったのか。悪いことしたなあ、と染岡の表情を伺って居ると、彼は、はあ、と大きなため息を吐いた。

「次は、俺が奢るからな」

絶対だ、と言うように見つめてきた染岡に、分かったよ、と頷く。

「ほら、開場したし行こうぜ」

そう言って歩き出した染岡の後に大人しく続いてシアターに入っていくのであった。








約90分の上映が終わり、面白かったね、と感想を言い合いながら人の波に乗ってシアターから出る。

『わお、グッズ売り場凄い人だね』

作中に出てくる黄色いの達、可愛かったもんなぁと、グッズ売り場の列を眺める。

「買ってくか?」

『うーん、いいや』

いつ消えるか分からないから、最近はあまり新しいものを買わないようにしている。
私が消えて残された荷物を処分するのは多分ヨネさんになるだろうし、要らないものは捨てとかなきゃだなぁ……。

『染岡が欲しいのあるなら買っておいでよ。待ってるから』

「いや、俺も別にグッズまではなー」

まあ、オタクやキッズじゃなければそこまでグッズ買わないよね。

『さて、と。それじゃあ……』

「あ、」

この後どうするか訪ねようとした瞬間、染岡の表情が曇った。

『どうかした?』

「あー、いや……。な、なあ!」

妙に上擦った声でそう声を掛けられる。

「まだ、この後時間あるか?」

『うん。大丈夫だよ』

そう答えれば染岡の表情はパッと明るくなった。

「なら………、そうだ!俺、新しいスパイク欲しいんだよ。選ぶの付き合ってくんねえか?」

『ああ、練習用の?いいよいいよ』

それなら1番近いスポーツショップに行こうとペンギーゴ稲妻店に移動した。


「色々あるから迷うんだよな」

そう言って染岡は、什器に綺麗に並べられたスパイク達を見つめている。

『いつもはどうやって選んでるの?』

「いつもは値段が予算内なのと、あとはデザインで好きな奴を選んでんだけどよ。こういうのってちゃんと選んだ方がいいんじゃねえのかって思いはじめて、な」

『そうね。ちゃんとしたスパイクを選ぶのは大事だね。けど、好きなデザインを選ぶってのは練習のモチベーションに繋がるしいいと思うよ』

実際、私も似たような感じて買い物してたし。

『トレーナーの勉強し出してから私も調べて見たんだけどね、スパイクを選ぶ時は、正しい屈折位置で曲がるのがいいんだって』

「屈折位置?」

『うん。人間の足底が曲がる位置って1箇所だけなんだって』

だからこうやって、と並んでるスパイクのひとつを手に取って、爪先と踵の部分を両手の手のひらで挟むように持ち、中央に向かってグッと押す。

『あ、これはダメだ』

今手にしているスパイクは、ど真ん中でぐにゃりと曲った。

『確か……』

他のスパイクに持ち替えて、同じように両手で押してみる。

『3分の1くらいの所が曲がるやつが良いって……。あ、これは良さそう』

今度のスパイクは爪先の部分が綺麗に曲った。

『正しい屈折位置で曲がらないとキックした時に足を痛めやすいんだって』

「へえー」

『あとは、やっぱりちゃんとサイズがあってないと危険だよね。成長期だからって、大きめのを買って、プレー中に脱げたりしたら大怪我の素だし』

なるほどな、と染岡は真剣に聞いて頷いている。

『あとはそうね……。雷門中のグラウンドも河川敷のグラウンドも土だし、土のグラウンドでやるなら裏の丸いのが多い奴がいいんだって』

「お前、すっげぇ勉強してんだな」

『そりゃあね。下手すりゃ命に関わることだし、トレーナーとして少しでも選手たちの危機回避出来るなら、と思って』

「そうか。そういうところ尊敬するわ」

するり、とそう言って染岡はスパイクを手に取ってはひっくり返して見たり、両手で挟んで曲がる位置の確認を始めた。

……普段照れ屋な癖に、そういうこと言う時は照れないのかよ。
くそっ、真面目な顔して言われたらさすがに私も照れる。誰よりも頑張り屋な染岡に尊敬すると言われて嬉しくないわけがない。
染岡が今、スパイクに夢中でいてくれて良かった、とにやけているであろう顔を逸らすように、店内の他の商品へ視線を移す。
ユニフォームに、トレーニングウェア。ボールに、マーカーコーン。リフティングネットやリバウンドネット。
サッカー用品だけでも相当な数がある。
そんな中に、色とりどりの小さい紐が並んでいた。

「ミサンガか?」

染岡が後ろから覗き込んでそう聞いてきた。

『ああ、うん。可愛いな、と思って』

「ふーん。買うのか?」

『ううん』

さっきと同じ理由で、今、新しく物を増やす気はない。
首を振って、染岡の手の中を見る。

『それに決めた?』

「あー、いや。サイズもちょうどいいし、ちゃんと曲るし気に入ったんだけど値段がよお……」

小遣いが足りねぇし、親に相談してからにするわ、と染岡はスパイクを棚に戻した。

『スパイク良い値段するもんねぇ』

わかるわかる。私も学生の頃よく親に泣きついて、お小遣い前借りして買ったりしてた。

他に欲しいものはないか、と一通り店内を見たあと、店を出る。

『眺めてるだけでも結構楽しかったね』

何も買わずお店の人には申し訳ないが。

「そうだな……。あー、水津、ちょっと待っててくれ!」

そう言って染岡は今でてきたばかりの店内に戻っていく。

『待っててって、やっぱりあのスパイクが欲しかったんかなー』

なんてぼんやり考えて待っていること数分で染岡は小さい紙袋を一つ持って店内から出てきた。

「悪い、待たせた」

走って戻ってきたのか、少し息の荒い染岡は、大きく吸って吐いてと息を整えた。

「やる」

そう言って、ずいと手に持った紙袋を目の前に押し付けられた。

『なに?』

よく分からないままに紙袋を受け取る。

「……ポップコーンの礼だ」

……そんなに奢られたの嫌だったの?

『開けていいの?』

尋ねれば染岡は小さく頷いた。
中身はこの紙袋の小ささから薄々気づいている。
紙袋の上部に貼られたテープを外して、開封した口に手を突っ込んで中身を取り出した。

やっぱり、ミサンガだった。

「さっき、見てただろ」

さっき見てたのはピンク色の可愛いミサンガだったんだけど、これは…………。

『日本代表カラーだね』

青と白と赤が捩じ込まれている。いっぱい色んなのが並んでたしどれかわかんなかったんだろうな。でも、これはこれで可愛い。

『ありがとう』

「いや、その…………」

礼を言えば染岡は照れたように顔を逸らした。

ミサンガって自然に切れたら願い事が叶うんだっけ。
切れるまで付けていられるかは分からないけど……。
せっかくくれたものを無下には出来まい。
紐を輪にして右の手首に付ける。

『どう?似合う?』

「あ、ああ。に、似合ってる」

恥ずかしそうにそう言ってくれた染岡にありがとうと笑い返せば、彼は顔を逸らし赤くした。

「な、なあ、そのミサンガ。良かったら、俺が代表入りするまではつけててくれよ。その、約束つーか、なんつーか……その時にお前に話したいこともあるし」

染岡は目を逸らして、ポリポリと人差し指で頬を掻く。

『…………いいよ。必ず代表入りするって、約束ね』

そう答えれば染岡は、顔パッと輝かせてこちらを向いた。

「おう、約束な!」

それじゃあ、またな、と照れくささからか逃げるように走っていった染岡の背中を見つめて、深く息を吐いた。

ああ、なるほど。今日の、ここ数ヶ月の反応は、それか。

気づいてしまった
流石に、そこまで鈍くないから分かってしまった。彼が向けてくる感情は…………。
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