フリースタイラーの変遷

□世界への挑戦編
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久遠監督の指導の賜物で、ラフプレーをする者、ワンマンプレーをする者、それらに怒るものたちと、チームの空気は最悪な方向に向かっていた。
私のフォローを上回るスパルタ教育で、心折れた壁山が練習をサボろうとしてしまう始末。円堂が上手く励ましてくれて、壁山は練習に出てきてくれたが、監督への不信感は壁山だけでなく、他の皆もどんどんと積もっているよう。

「梅雨先輩!なんなんですか、あの監督!」

ほら、マネージャーの春奈ちゃんですらコレだ。

「響木監督が任せるからなは余程すごい監督なんだろうって調べたのに、ネット上の何処にもデータがないんです!おかしいですよね!?」

『まあ、おかしいねぇ』

「梅雨先輩ならなにか知ってますよね?教えてください!」

なるほど、サッカー協会に乗り込むんじゃなくて私に直接聞いてくるか。
ネット上よりも確かな情報源ではあるよなぁ。

『そうね……。私が言える範囲だと、言葉足らず過ぎてそういう所が呪われた監督なんて呼ばれる原因になってんじゃない、とぐらいしか』

「呪われた監督……!?」

ちゃんと説明できない呪いにでもかかってんじゃないかと思うよ、本当に。

「どういう意味ですか!?」

『これ以上私から教えるのはズルだからねぇ』

ええ、そんなぁ、と春奈ちゃんは嘆いた。

『雷門中新聞部さん。取材は足で稼ぐ、基本でしょ?』

てなわけで、と春奈ちゃんを少年サッカー協会へ潜入するよう誘導し、バッチリ情報を掴んで帰ってきた春奈ちゃんによって、10年前桜崎中サッカー部を潰した呪われた監督と言う話が子供たちの中に広まったのであった。




夕飯とその片付けを終え、人が居なくなった食堂でみんなに今朝書いてもらったコンディショニングチェックシートの確認作業をしていると、急に上から影が差した。

「アンタほんっと訳わかんねぇな」

そう言いながらテーブルを挟んだ向かい側の椅子の背もたれを横にするように不動が座った。

『なにが』

他の子達が居ない時をわざわざ狙って話にくるとは、なにか重要な話だろうかと作業の手を止め顔を上げた。

「呪われた監督なんて、わざわざ音無に言いふらさせてる理由だ」

選手達が不審に思っている中、更に不安要素をぶち込むのを黙ってるのが分からないってことか。

『あれは……まあ、ちょっとイラッときてたから嫌がらせ的な?』

「ふーん?久遠と言い合ってんのは見た事あったけど、まさかなぁ。個人的な嫌がらせで選手に監督への不審感を募らせるなんて、えげつないトレーナー様だこって」

選手たちの精神面のケアも仕事な私が、こんな行動を取ったということに不動は納得していないと言わんばかりの皮肉を返してきた。

『でも、不動的にもこの方がやりやすいでしょ』

「フッ、さあな。監督が呪われてようがなかろうが俺には関係ないんでね」

そう言って不動はスッと立ち上がった。

『真理だね』

「んな事にも気づけねぇ雑魚が多すぎんだよ。鬼道クンもあんたの行動の違和感に気づけないくらいのポンコツになっちまったみたいだしな」

やれやれとそう呟いて、不動は食堂の出入口から出ていった。

確かに、今までの鬼道なら私が春奈ちゃんにわざと呪われた監督と言った意味を考えそうなものだけれど、今の彼にその余裕はなさそう。
原因は主に、いまさっき去っていた子のせいなのだけれど……。
天才と言えど、そういう所は子供なんだよねぇ。

皆には悪いが、しばらくはこの不穏な空気の中頑張ってもらわなきゃなあ。
本当なら、選手達がやりやすい環境を整えるのが仕事なんだけど、多分久遠さんに止められるし、そんな勝手なことしたらこの先の話がどうなるかも分からないし。
最低限のフォローを行うのがやっぱり最良かな。まあ、それが結構しんどいんだけど……。

「……っす」

小さな呟きが聞こえ、先程不動が出ていった入口の方を見れば、紫色のリーゼントが頭を覗かせていた。
目が合うと彼はペコっと小さく頭を下げた。

『ああ、外出ね。気をつけて行ってらっしゃい』

「うす」

そう言って、飛鷹は入口から消えてった。
飛鷹は毎晩外出している。外出理由は知っているから止めはしない。
久遠さんがいない時は、ああやって私に許可取りしてくるので大変律儀な子だ。

『さて、』

夜はまだ長い。
もうひと仕事頑張りますか、と再び書類へ目を向ける。
コンディショニングチェックシートには、選手達に今の疲労度や練習のキツさを1〜5の数字の中で表して丸を付けてもらっている。
練習のキツさに根を上げているのは1年生たちが多い。疲労度に関しては皆程々に高い。

明日は抽選会。いい感じに調整できてるんしゃなかろうか。

もう1日だけ
キツイ練習を頑張ってもらおうか。
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